第五十六話 「七月 小暑 大暑」
2021.07.07
暮life
蓮の露
7月の立ち上がりはいつも、雨模様に包まれていて、もうじきやってくる、じりじりと焦げるような暑い日々をなかなか思い出すことができません。
カナカナカナと確かに聞こえたひぐらしの初音もひと休み。
それでも、二十四節気の中に「暑」ということばを見つけ、七夕が過ぎれば、心の中の夏の扉も重い腰を上げて、気持ちも身体もだんだんと、夏になじんでいくことでしょう。
今年は昨年に続いてコロナウイルス や自然災害、そしてオリンピックなど、数多くのことや思いが飛び交う中での生活が続いていますから、知らないうちに疲れがたまっていた、といいうことも少なくありません。
そしてこの時期は毎年、どんよりとした曇り空の下で、身体のうごきも緩慢になりがちですから、自然のリズムから遠く離れてしまいすぎないように心がけます。
ゆるゆるとしたストレッチが身体の可動域を広げるのと同じように心にもストレッチが必要です。いつもなら素通りしてしまうようなものにも目をむけていきます。
たとえば、雨が続く時のとっておきの楽しみは、葉のしずくです。
蓮や里芋の葉にたっぷりとたくわえられた雨露に近づいてみるとまわりのものが露の玉にうつり、輝いています。
昔の人は里芋の葉に限らず、稲などについた露や雫にも不思議な力がやどると考えていました。
七夕飾りも窓辺の風やエアコンの風に吹かれ、笹の葉と一緒にさらさらと静かな音を立てて、心を洗うように、揺れています。
考えても自分ではどうすることもできないことから、少し気持ちを放して、まずは自分自身を大切にする時間をすこしずつ、増やしてまいりましょう。
梶の葉立て
舟の行く先を決める要の場所、「舵」と同じ読み方、同音であることから、七夕にちなむ植物として知られる梶の葉。
古くは、葉に願い事や和歌を書いたり、索餅を包みお供物にしたり。盥(たらい)にうかべたり、吊すなど、多くの習わしがあります。
画仙紙の材料として知られ、神聖な力を携えているといわれた梶の葉も、枝から離れるとしんなりとしやすい葉ですが、今回は天の力とのつながりを感じられるように、高坏にたっぷりとに水をはり、輝く水鏡に立つ、梶の葉に仕立てました。
すべてのことがよい流れへと導かれますように。
天の川を渡る力、分けていただきましょう。
金明笹のおるすいさん
天をさししめすように真っ直ぐの金明笹を不思議な力を持つと考えられた日本の道具、石臼に挿れ、七夕人形のひとつ、おるすいさんを提げました。
今年は白い七夕紙で拵えて、旅立った多くの人への祈りを捧げ、明日をお守りしていただくための形代としての七夕人形としました。
星の花
新暦の七夕の頃、あかりを照らすように鮮やかな色を見せてくれるのは、姫檜扇水仙。
火の色のように明るい橙色にひとつひとつの花のかたちは可愛らしく、まさに星の花。
夜も眠らずに、花を開き、闇夜を照らしてくれています。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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