第五十九話 「十月 寒露 霜降」
2021.10.08
暮life
尾花の海
尾花が格別に美しい年です。
道すがらで出会うものはもちろん、車で高速道路を走っている時も、ゆらゆらと心地よさげに風を捉え、たなびく尾花の姿に目がとまります。
尾花の群生が大海原など、海にたとえられることが多いのは、風になびく様は寄せる波に、穂の立てる音は、波音に聞こえるからでしょう。
尾花という名は、文字通り、けものの尾を思わせるから。
また、はたすすきという別名は、たなびく旗を思わせることからついた名だとか。
想像を広く深くはたらかせて、実際には目の前に存在していないものや現象を、頭の中に思い描き、何かにたとえたり見立てたりするのは、長い年月にわたって、日本人が楽しんできたことです。
ものがなかった古い時代の人の遊びだと決めつけてしまう前に、実際にやってみると、ふだんから楽しんでいる人は別として何かに喩える、みたてる、ということは、やろうとしてもなかなかできないことだと気づきます。
けれどもその楽しみの勘どころを掴み、慣れてしまえば人間の感性は素晴らしいつくりになっているようで、次第にさまざまなものに自然と目が向くようになり、心は無限大に広がっていきます。
尾花は、目に見えないものをとらえ、朝日を浴びて銀色に、夕暮れ時には黄金色に。
赤みがかる出始めの穂から、なめらかに真っ直ぐに伸びて鋭敏に。
晩秋が過ぎればふんわりと柔らかく。光に透かしてみると優しく穏やかな気を放ちます。
風を受け、天に向かって手を降り、目には見えないものをあらわにして、形のないものとの出会いを叶えてくれるのが尾花です。
誰もが生まれ持っている感性を自在にはたらかせるためのお手伝いをしてもらいましょう。
菊合わせ
月遅れや旧暦の菊の節供のしつらいに。
明かりのない場所もほんのり照らしてくれるようなさまざまな明るい菊を取り合わせ、古道具に入れてみました。
艶のある椿の葉を添えて、神聖な力の依代に。
十三夜のしつらい
今月も月の美しい季節が続きます。
10月18日の十三夜のために、縁側を開け放ち、お供物を。
つるべ落としの秋の闇には、灯をともして。
晩秋のお供物
実りを迎えた日々と、これからの実りへの願いを込めたお供物を。
小さな南瓜、青檸檬、青烏瓜、七竈。
色、かたちそのものの趣をたっぷりといただくのも、冬のしたくの一つです。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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