花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第六十四話 「三月 啓蟄 春分」

2022.03.05

life

あふれる光と白梅と

寒さに静まりかえっていたところに
突如として春がやってまいりました。
ようやく満開を迎えた白梅は
あふれる光の中で、華やいでいます。

静から道へ。
勢いよく訪れた季節に戸惑い、リズムを少し整えたい
という思いをよそに、季節はどんどん流れています。

一年の中でも冬から春は、大きな転換点。
特別な節目です。
こういう時には、身体も心を驚かせないように、
変化にゆっくりと時間をかけたいけれど、
何事も思い通り、予測通りにはいきません。
春の訪れ方もいろいろです。

急激な変化の中にあったとしても、
そろりゆるりと、自分のペースを大事にしていく、
そんな練習にはぴったりの春となりました。

忙しいことが好きで、深呼吸が苦手な人も、
自然の中にある草木花に目を向けて
一緒に呼吸をするような気持ちで
ほんの少したちどまる、
これなら簡単です。

心の力もゆっくり静かに舞い戻ってきて、
不思議と自分のよいところを
たくさん思い出すことができるでしょう。

 

白木蓮

仏具に水を張り
白木蓮の蕾と花をいれる。
春到来の祝い花に。

まだ厳しい寒さが残っていた2月。
白木蓮の枝をいただいて、凍える手で持ち帰ったのは
つい先日のことです。

きっちりと、頑なにきちんと閉じているような蕾には
開いていずとも、趣があり、存在感がありました。

空気の乾燥が強い時には、
ビニールをかけたり、お世話をして
今年は白木蓮の蕾がたくさん花を咲かせるまで、
見届けることができました。

固かった蕾が、だんだんとふっくらやわらかくなる。
ふわりと開いて、ひかりへと顔を向けていく。
顔を近づけると神々しいような香りを放つ。

蕾の開いていく様を身近で眺めるのは、
ほんとうに素晴らしいことです。
自分にも同じような生気が宿るように感じるからです。

白木蓮の枝に触れると、思いの外やわらかく柔軟で、
花びらは驚くほどかたく。

思い込んでいたことと真実は真逆であることもある、
ということを教えてもらいます。

知っていると思っていた草木花とも
あらたな気持ちで心を通わせれば、
花の愉しみはどこまでも広く深くなっていきます。

 

灯の花 菜の花

煌々と明るい所よりも
少し闇が残る場が好きです。
灯りがあることを、その存在を
よく確かめることができるからかもしれません。

今回の灯の花のお題は
菜の花に。

菜の花を檀紙で包み、
燭台に据えて。

激しく動く世の中にあっても
灯を忘れずにいるための
祈りの花としたいと思います。

 

土筆

土の筆、つくし。
可愛らしさに心躍ります。

静から動へと続いたら
次は躍る。

今を愉しみながら、
次も心待ちに。
季節の訪れを味わっていきたいと思います。

 

広田千悦子

文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

『花月暦』

『にほんの行事と四季のしつらい』

広田千悦子チャンネル(Youtube)

写真=広田行正