第六十五話 「四月 清明 穀雨」
2022.04.05
暮life
桜と月
勢いよく進むかと思っていた今年の春は、思いのほかゆっくりと進んでいます。戻ってくる寒さが強かったり、そうかと思うと急に暖かくなったり。予測通りには行かない春の陽気に、毎年、気持ちが鍛えられるような思いでいます。
一方、桜には、凛と冷たさの残る空気は心地よいようで、例年に比べて長く美しい姿を保っているようにも見えます。我が家の庭で、順繰りに咲く様々な桜も、今年は短い北国の春のごとく一斉に咲いて、椿、彼岸桜、山桜、吉野桜とすべて時を同じくして出揃いました。その合間から見える月と一緒に、珍しい束の間の景色を楽しんでいます。
それにしても毎度のことながら、見事に咲く花を何日にも渡って見ていると、ずっと美しい花のままの姿が続くように思いこんでしまうものです。前の日まで輝いていたはずの花がある日、突如として姿を変えているのを目にして驚くのです。はっとするような気持ちで、枯れ散る花を眺めながら、ずっと同じ姿を保つものはない、いつかは全て変わりゆくものなのだ、ということを繰り返し教わります。
山花開似錦 さんかひらいてにしきににたり
錦のように咲き誇っている山の花も、やがては散ってしまうという意味の言葉ですが、このことを私たちはなかなか覚えることができません。わかっていても忘れてしまいます。この世のものはすべて変わりゆく、それがこの世の真理である、ということをくりかえしくりかえし、様々な草木花から学びます。
全ては変わるからこそ、生きているこの瞬間瞬間を大事に感じきり生きていく。お釈迦様が伝えたこの世の真理を思い出しながら、年中行事の花まつりを迎えます。
天道花 春の依代
4月8日は花まつりです。お釈迦様の誕生を祝う行事ですが、同じ時期に古くから日本で行われてきたのは、山の神、田の神、ご先祖様など目に見えない尊い存在を迎える習わしです。
天道花はその習わしの一つですが、やはり由縁も様々で、時代により、風土により多くの発想があります。私は春の依代と呼んでいます。
今年は、瑞々しい春の青竹にこみ藁を入れ、時節の山桜と吉野桜、山吹などの天道花にしました。
今は、疫病、地震、紛争など多くのことが起き、混沌とした世の流れの中にありますから、高く、そして広がりのあるものをと掲げてみました。
揺らぐ世にあるからこそ、土台はしっかりと。願いを込めるための仏花のこみ藁を仕込み、花の支えとしして、季節のしつらいのお稽古でも生徒さんに取り組んでいただきました。
射干を立てる
一気に咲いてきた花々につられるようにして、射干(しゃが)の目覚めも早いようです。
空気を引き締めてくれるような花姿はいつも通り。水を張った水盤にきりりと立てて。天道花に続く春の依代としたいと思います。
木瓜の仏華
心を強くするような、見事な木瓜の紅。
流れのある枝をそのままに仏具に立てて仏華としました。
邪気や禍いを払う意味を持つ赤い色の花。
長く残る冷たい空気をあたためてもらいながら、春爛漫までの時間を、今年はゆっくりと過ごしてまいりましょう。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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