第六十六話 「五月 立夏 小満」
2022.05.05
暮life
若葉満ちて
薫風と呼ぶにはまだ早いようなひんやりとした風が吹いて、なかなか来ない初夏を待っています。
それでも窓から見える若葉の緑は早々と深まり、季節は気温とは関係なく流れていきます。
実際に目に見えるもの、肌で感じるものだけが世界を進めているのではないということを、若葉を眺めては理解しようと試みています。
早春に萌え出た新芽は、光と潤いに満たされて青々と葉を広げています。
新緑とひとくちにいっても草若葉、蔦若葉、葛若葉、柿若葉、萩若葉とそれぞれに毎年、色合いの異なる緑色を見せてくれます。その多様な色を見分けていくのはぜいたくな時間です。
桜の花と同じように、新緑はあっという間に消えてゆく束の間のひととき。
若葉を見つけたらほんの少しでも立ち止まり、その傍でそっと深く呼吸して新鮮な空気を身体中にを染み渡るように味わえば、軽ろやかな気持ちが呼び覚まされていくことでしょう。
世界が混沌としている時だからこそ、流れていく自然のさまを詠みながら、季節や時節の力を身に受けて淡々と息吹き、背丈を伸ばし、花を咲かせる草木花の力を借りて歩きたいもの。
自分らしさを確かめていく時間を大事にして、まずは自分のまわりをこの時節の若葉のような清々しさで、満たしていくことができればと思います。
ニワトコの花
田祭りや小正月に祈るための道具をつくる素材として、その役割を果たしてきた植物の一つがニワトコ。
小さな白い花が円錐状に集まり纏まって、頂点のあるようなフォルム。今年も咲いたと嬉しく眺めていると、あっという間に散ってしまう儚い花です。
時期がくると枝に触れただけで、まるで雨が降るようにざーっと花が降り注ぎます。
広がる枝は大きく曲線を描いて、毎年同じように遠くへ遠くへと手を伸ばします。
そのニワトコの枝ぶりと同じようにやわらかに広げて歩けますようにと願いを込めながら、花入れを試みました。
薬玉束を掛ける
五月五日の端午の節供のしつらいに、今年も薬玉をつくりました。
薬玉は、古来から伝わる邪気をはらい、疫病を避け、福を呼ぶまじないもの。
今年は光を透かすような樒の若葉に、躑躅、芍薬、百合水仙、菊などを束ね、古くから端午に由縁のある薬草、菖蒲の葉を提げました。
花を束ねる時は、幼な子のように無邪気に。
菖蒲の流れを整える時は、静かな心を象るように。
かたちを試みるうちに、根にある菖蒲の薬香をたくさん浴びて、場と心身はすっかり清められていきます。
薬玉を置く
小さめの薬玉を拵え、台や三宝に入れ、置き飾りに。
華やかな花とシュッとした菖蒲のかたちが目にとまります。
武家の時代、そしてその影響が強い時代には、その先の鋭さを戦に使う道具、刀に喩えたという菖蒲。
現代に生まれた私たちが何にたとえるか、今一度、楽しみながら思案してみる、そんな機会にできればと思います。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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