第六十七話 「六月 芒種 夏至」
2022.06.06
暮life
場の力
空気が蒸し蒸しとしてきて、ずっしりと身体に負担のかかる季節がやってきました。蒸し暑い日もあれば、爽やかな日もあり。空気の美味しいところで夏本番がやってくる前の景色を味わう時間をつくりたいものです。
今年は春の訪れ同様、季節の進みは例年よりゆっくりと進んでいるように感じます。世の流れが速く、そして短い期間に多くのことが起きる時代、私たちの負担が大きくなりすぎないようにと、自然が心配りをしてくれているかのようです。
私の住んでいる地域では、空木(ウツギ)、吸い葛、定家葛(テイカカズラ)、泰山木(タイサンボク)と少し重みをふくんだようなしっとりとした甘みのある香りを放つ花が次々と咲いています。
宵の空気が甘いその甘い香りに満たされるようになると、蛍が飛びはじめる合図です。
小さな蛍が放つのは緑色の蛍光色。
すーっと舞うように飛んでいく蛍のゆくえを追いかけてはまた、別の蛍に目を映す。繰り返すうちに静寂に包まれ別次元の場に。
心ゆくまで蛍を眺めたあとの帰りの夜道では、あちこちの小さな光がすべて蛍に見えてきます。
遠くの町灯りや、ガラスに反射するちょっとした光が「あっ、あれも蛍、これも蛍」と皆、蛍にみえて仕方がありません。特に見上げた夜空にぽつんと光る星は、蛍そのもの。
星の光は蛍そっくりなのです。「蛍じゃない、星なのだ」と頭ではわかりきっているのに、毎年幾度も幾度も見間違えては微笑む。その繰り返しです。
不思議なことに、どんなに美しい蛍の景色をTVやYOUTUBEなどの映像で楽しんでも、この無邪気な目の錯覚は起こりません。
夜に漂う草木花の甘い香り、光る星と蛍を見比べる時間。
すべてその場に行き、その場に立ち、その目で見ることで初めて生まれるギフトです。
オンラインで得られる便利さ、そして実際に体験することでしか得られないもの。私たちは二つの力を得ることができました。それらを重ね合わせて、人生をより立体的に豊かに多様に楽しんでいくことができればと思います。
占花 空木
「空木の花がたくさん咲くとよなかが良よい」
(作物のできぐあいがよい、という意味です)という言い伝えがあるように、古くから空木(うつぎ)はその年の豊凶を占うための花でした
春から初夏への節目に咲いて、白くふさふさと目だつことから、大事な役割を持っていた花。
豊かな枝とともに、垂撥*にいれてみました。
*(すいはつ)床の間などで花入れや短冊を挿して使うための道具
雪の下
大地を這うようにして広がる葉の間からすっくと細い、でもしっかりとした茎を天に向かって伸ばす雪の下。
今、白い妖精のような花を咲かせています。
ゴワゴワとした葉とその可憐な花の取り合わせに心が動きます。
ちなみに野草の中では一番美味しいのが、雪の下の葉の天ぷらだと思います。
夏越しの祓旗
6月30日は夏越しの祓という行事です。神社にいくと大きな茅の輪が据えられています。半年に一度、身についた穢れや、無意識に行った罪をつぐなう、そういう意味のある行事です。
夏越しには茅の輪くぐりだけに限らず、解縄(ときなわ)、散米(さんまい)、形代(かたしろ)など多くの習わしがあります。
今回はその中のひとつで斎串、忌串(いぐし)などとも呼ばれる祓旗(はらいはた)を拵えました。これは邪気や疫病を避け、場を清めるまじないの力を発揮する道具です。
ぐんぐん背を伸ばしていく今の若笹の力を軸に、祓旗を拵え、川辺に見立てた水を張った白皿に立てて、浄らかな場に整えてもらいます。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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