薔薇のすすめ

若手バラ育種家の
忽滑谷 史記(ぬかりや ふみのり)さんが
伝える、
見て、育てて楽しむバラのお話。

第三話 「続・バラのかおり」

2019.09.27

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「マイスター・ジンガー」Meistersinger 作出年:2015年│作出者:忽滑谷史記│作出国:日本│系統:シュラブ│咲き方:四季咲き│花径:中輪│香り:強香(ダマスク/フルーツ)

前回に続いて、さまざまな種類がある、バラの香りのお話です。
品種ごとに香りの強弱がある植物は多くありますが、バラのように香りの質までが異なる植物は珍しいのではないかと思います。
それでは、いったいどうしてバラは多様な香りをもつようになったのでしょうか。

どのように香りは生まれるのか

花の香りの成分は、植物体内の生合成経路で生成されています。
植物の葉は太陽の光を受けて光合成をすることで、水と二酸化炭素から糖類などの炭水化物を生成します。
そうして作られた糖は、遺伝子が作り出す酵素の働きで芳香性をもつ化合物へと変化し、花の外に発散されます。
この時に作られた化合物の割合は、バラの種や品種がそれぞれ持っている遺伝子によって異なるため、様々な香りのバラが存在するのです。
つまり、品種の改良をしていく上で、多様な遺伝子資源があったことが、現代バラの香りの多様性の元なったといえます。

中近東の香るバラ

中近東では、バラは古くから香料の原料として栽培されてきました。
それらのバラは濃厚な香りを持っており、11世紀末から13世紀末まで、西洋のキリスト教の諸国が聖地の奪還を目的に派遣した十字軍の遠征の際に持ち帰られました。
中近東のダマスカス地方で発見したことから、「ダマスク・ローズ(ロサ・ダマスケナ)」と名付けられ、この香りはダマスクの香りと呼ばれており、現代においても香水づくりの原料として使用されている香りです。
「ダマスク・ローズ」以降にヨーロッパで育てられていた多くのバラは、この香りによく似たものばかりでした。

「ロサ・ダマスケナ」Rosa damascena 作出年:1560年以前│系統:ダマスク│咲き方:一季咲き│花径:中輪│香り:強香(ダマスク)

東洋の香るバラ

その後、バラの香りの改良の歴史において大きな影響を与えたのは、東洋のバラでした。
15世紀半ばころになると、西洋の国々によるアフリカ、アジア、アメリカ大陸への大規模な航海が行われるようになります。
そして、18世紀から19世紀ころになると、これまでの西洋のバラになかった性質を持つバラが発見され、ヨーロッパに持ち帰られます。
1809年に発見された「ヒュームズ・ブラッシュ・ティーセンテッド・チャイナ」や1824年に発見された「パークス・イエロー・ティーセンティッド・チャイナ」は、「ロサ・ギガンティア」由来の紅茶のような甘い香りを持っているバラでした。

「ヒュームズ・ブラッシュ・ティーセンテッド・チャイナ」Hume's Blush Tea-scented China 作出年:1808年以前│系統:ティー│咲き方:返り咲き│花径:中大輪│香り:強香(ティー)

「パークス・イエロー・ティーセンティッド・チャイナ」Parks' Yellow Tea-scented China 作出年:1824年以前│系統:ティー│咲き方:返り咲き│花径:中大輪│香り:中香(ティー)

「ノイバラ(ロサ・ムルティフローラ)」や「ハマナス(ロサ・ルゴサ)」など、東洋の原種バラやその交配品種にはスパイスの香りを持っているものがあり、このような様々な香りを持つ遺伝子を、品種改良で導入することにより、それまでの西洋のバラには見られなかった香り成分が複雑に組み合わされたバラが生み出されました。

「ハマナス」Rosa rugosa 系統:野生種│咲き方:一季咲き~返り咲き│花径:中大輪│香り:強香(スパイス)

こうしてバラの歴史を振り返ると、今からわずか200年ほど前に西洋のバラと東洋のバラが出会い、品種改良が大きく進んだことがわかります。
バラは世界中に多くの原種が分布しており、育種の材料が多かったこと、それらが積極的に交配に取り入れたことが、現代バラの香りの多様性につながりました。

未来には、思いもよらないような新しい香りのバラが誕生するかもしれません。

バラの歴史については、またもう少し掘り下げてご紹介できたらと思います。

忽滑谷 史記(ぬかりや ふみのり)

バラ育種家。埼玉県飯能市を拠点に、オリジナルブランド『Apple Roses』品種の育種・生産およびネットショップでの販売を行う。病気に強く誰でも簡単に育てられる、魅力的な品種づくりを目指している。