第三話 「キューケンホフのチューリップガーデンに見立てる」
2022.04.11
贈gift
この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第三話はオランダにある、世界最大級の花の公園「キューケンホフ公園」のチューリップガーデンに見立てたアレンジメントです。
手掛けるのは同じくオランダ出身のフローリスト、シェラー・マース。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
キューケンホフ公園とは
オランダ・アムステルダム郊外に位置する、およそ32ヘクタール(東京ドーム約7個分)の敷地に700万株の球根花が植えられた巨大な花の公園です。
公園の成り立ちは17世紀にオランダ東インド会社の提督が建てた大邸宅の庭が元となり、1949年に開園。以来、毎年違ったテーマで園内がデザインされています。
開園期間は例年3月中旬から5月中旬のたった2か月間。球根花が見ごろの時期だけに開園する、贅沢で貴重な花の名所です。
開園期間中は花が絶えることなく開花するように、植え付ける深さと早咲きや遅咲きの品種を巧みに組み合わせた「マルチレベル プランティング」という造園手法を使い、開花期間を長く保つ工夫がこらされています。
シェラーが描いたスケッチ。
左はマンサクを使った案、右はキブシを使った案。
見立ての舞台裏
オランダの春は日本よりゆっくりやってきます。
日本より冷涼なオランダでは4月になるとさまざまな花が一斉に咲き誇ります。
「キューケンホフといえばチューリップ。華やかなチューリップには地味な花木が合うと思って、マンサクかキブシ(木五倍子)か悩みましたが、実家の庭にも咲いていたマンサクを選びました。どれも自分にとって春を告げる植物なんです」
今回の「見立て」にはユニークな形をした花器が用意されました。実はこの花器は「チューリップベース」と呼ばれる、オランダの伝統的なスタイルの花器。
チューリップバブルが起った17世紀、とても高価だったチューリップを筒に一本ずつ挿して鑑賞するために、オランダを代表する陶磁器ブランドのロイヤルデルフトが考案した形です。
シェラーが使ったのは、現代に作られたメタリックな色合いのモダンなもの。ここにさまざまな花を挿していきます。
まずマンサクを中心に挿していきます。
マンサクは他の木々が芽吹く前に花を咲かせることから「まず咲く」が転じて「マンサク」の名になったともいわれる花木です。
漢字では「満作」または「万作」と書き、かつては花の多さ少なさで作物の出来を占ったとか。
「ヘデラベリーはオランダの木陰でよく見かける常緑の植物です。春の森の景色をイメージして、マンサクの足もとに加えます。こうすると、これから挿す植物のクッションの役割にもなるんです」
今回の主役であるチューリップを挿していきます。まずはアプリコット色の「メントン」を。
こちらは八重咲の「チャーミングビューティー」
紫のチューリップはオウムの羽に似ていることから、パーロット咲きと呼ばれる咲き方の「ネグリタパーロット」
繊細なモザイク模様が美しい「フリチラリア」。
「フリチラリアはチューリップと同じ時期に咲く球根植物です。このモザイク模様はチューリップバブルが起こった時に最も高値が付いたチューリップを思わせますね」
いつものシェラーであれば制作がとても速いのですが、この制作には一輪一輪、動きがある球根花の特徴を見極めながら丁寧に時間を掛けて花を挿していきます。
完成、キューケンホフのチューリップガーデンに見立てたアレンジメント
キューケンホフのチューリップガーデンに見立てたアレンジメントの完成です。
淡く、透明感のある色合いが日本の春とすれば、シェラーが作ったアレンジメントは柔らかで落ち着いた色合い。春といっても、国によって色の表現が変わるのがユニークです。
「今回は春の力強さを表現したくて、たくさんの種類の花を使いました。繊細な球根花がマンサクの枝に支えられるように咲いている、そんなイメージです」
さぁ、ここからはキューケンホフ公園を散歩するような気分で、アレンジメントのディティールを見ていきましょう。
上から覗いてみると、光を求めるように四方八方に花がいきいきと伸びて、それぞれの色が混ざり合い、また違う顔が見えてきます。
花たちはまるで会話しているように、表情豊かです。
今回の花材:(左より)マンサク、ラケナリア、フリチラリア、チューリップ「ストライプドレス」「メントン」「スワラ」「チャーミングビューティー」「ネグリタパーロット」
パウダリーな甘い香りがするマンサクの花の香りを楽しむシェラー
今回使用した花々と花器は一見すると、組み合わせをためらうような強い個性を持つものばかり。でも、シェラーはそれぞれの個性を生かし、庭に咲いている姿を写し取ったようなアレンジにまとめ上げました。
出来上がったアレンジメントは自然光が入る場所で撮影を行いました。
自然光での撮影は雲の動きで光の入り方が刻々と変化して、たっぷり陽射しが入った時は小鳥がさえずるような春の花園に見え、雲が光を遮った時には妖艶な雰囲気に。
束の間、キューケンホフ公園の中にいるような、そんなひと時でした。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第四話予告
次回は新井光史が担当する夢の花屋。5月13日(金)午前7時に開店予定です。
Gérard Maas シェラー・マース
オランダ出身。STOAS University of Applied Sciences(農業分野での教員を育成する高等専門大学)に進学し、国家ライセンスを取得。祖国オランダをはじめ、ベルギー、フランスで経験をつんだ後、1994年にオランダスタイルのフラワーデザイン学校の講師として招致され来日し、以後5年にわたり教鞭をとる。2003年に再来日。翌年、日本で行われたダニエル・オストのインスタレーションをきっかけに第一園芸に入社。
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