夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第八話 「夏秋草図屏風に見立てる」

2022.09.16

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第八話は江戸琳派の祖、酒井抱一が描いた「夏秋草図屏風」に見立てたアレンジメントです。
手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

夏秋草図屏風とは

銀箔の地に、夕立に打たれた夏草と、強風になびく秋草を描いた酒井抱一の最高傑作といわれる作品です。
なんとこの絵が描かれているのは抱一が私淑していた、尾形光琳の風神雷神図の裏。
金地に風神雷神が大胆に配された風神雷神図と全てが対をなすように構成されていて、右隻は雷神の裏に通り雨に打たれた夏草、左隻は風神の裏に強風になびく秋草が銀箔の地に描かれています。
植物の種類を見ていくと、夏草は穂が出る前のススキ、オミナエシ、センノウ(センノウゲ)、ユリ、ヒルガオ。秋草は穂をつけたススキ、クズ、フジバカマ、ススキ、紅葉したヤマブドウが配されていて、植物の変化で季節の移ろいを表現していることがわかります。


見立ての舞台裏

尾形光琳の燕子花図に見立てた第四話に続き、今回も琳派の名作がモチーフです。
新井はもともとこうした琳派や伊藤若冲といった絵師たちの作品を好み、どこかに片鱗が感じられるフラワーデザインを制作してきました。
そこで、夏と秋が入り混じるこの時季を表し、新井好みでもある「夏秋草図屏風」の見立てがテーマに決まった際、スケッチと共に預かったのは古今和歌集に収められた秋の一首でした。

秋来きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

藤原敏行
古今和歌集 巻 秋歌上 169番

〈訳:秋が来たということは目に見える景色からははっきりとは分からないが、風の音にはっとせずにはいられなかった〉

新井は今回のアレンジメントのために花器に銀箔を貼り、更にアルミの棚を自作。
後ろに並べられたガラスの花瓶は、取り分けた花材を順次入れて行くためのもの。花が傷むのを少しでも防ぐための工夫です。

アルミの棚はところどころヤスリをかけて、夏秋草図屏風の銀地の風合いを演出。植物を挿すための穴が所々に開けられています。

今回、新井が用意した植物は夏秋草図屏風に描かれた花とはほぼ違うもの。絵を単純にトレースしただけのアレンジメントではないのが新井の矜持です。

まず始めに手に取ったのはトクサ。ガラス質を含み、砥石のようにものを研ぐことができることから砥草と名付けられた、古来より日本で親しまれてきた植物です。

一輪一草、シルエットを見極めつつ、風にたなびく様子を作り込んでいきます。


完成、酒井抱一が描いた夏秋草図屏風に見立てたアレンジメント

夏秋草図屏風に見立てたアレンジメントが完成しました。

「燕子花図に見立てた時にも意識したことですが、描かれたものをそのまま再現するのではなく、自分なりの解釈を表現したいと思いました」

「琳派は師匠から手ほどきを受けるという形ではなく、その作品への憧れや尊敬から受け継がれてきた流れだと思っています。作品に描かれた花は集めようと思えば同じものが手に入りますが、今回はあえて自分の考えた秋草を選んでみました」

夏秋草図屏風では、ナデシコの一種であるセンノウ(仙扇)と紅葉したヤマブドウの葉の朱色が抑えた色調の中で見事な調和を生み出しています。
そこで、新井はセンノウに対してスプレーマムを、ヤマブドウにはベロペロネを置き換えました。

右隻の「夏草図」に描かれた、夕立に打たれて生気を吹き返した草のように、アレンジ全体に霧を吹き付けました。

「風神図」の裏に描かれた「秋草図」では、見えない風をたなびくススキやクズなどで表現しています。新井はフウチソウやワレモコウ、カラマツソウなどを使ってその景色を作り出しました。


9月のブーケ

アレンジメントで使用した花材を使い、新井がサプライズでブーケを束ねました。
実は今回のアレンジメントを作る際に新井の中にはもう一つアイデアがあり、松任谷由実さんの初期のアルバム「紅雀」に収録されている「9月には帰らない」という曲からもイメージを膨らませていたとのこと。

「荒井由実から松任谷由実になった最初のアルバムに収録された曲の詩からイメージを広げました。ポルトガルの大西洋に面した海岸沿いで、風になびいているような草花…フォルクローレとノスタルジーを感じる、楚々とした儚さを表現しています。ラフなハンドメイドバスケットなどに無造作に飾って欲しいですね。」

そのもうひとつのアイデアを形にしたのが、この9月のブーケです。
夏秋草図屏風とは時代も表現方法もまったく異なりますが、夏から秋へと季節が移ろってゆく儚さへの思いはどこか通じるものがあるようです。

今回の花材:ミシマサイコ、カラマツソウ、アマランサス、ベルテッセン2種、ワレモコウ、ベロニカ、ベッセラエレガンス、ヒューケラ、スプレーマム、ベロペロネ、リンドウ、コスモス、フジバカマ、トクサ、ススキ、フウチソウ、コバンソウなど

二度、琳派の作品をテーマにして新井に花を依頼しましたが、また今回もよい意味で想像とは違う花が完成しました。
前回が密度で見せる花であったのに対して、今回は素材の「間」を意識したと新井は言います。それこそが和と洋の違いでもあり、琳派の表現方法です。

アレンジメントは言うに及ばず、サプライズで作ったブーケも空気が通り抜けるような軽やかさのあるものでした。

琳派は時代を超え、個人が私淑するという形で画風が受け継がれてきた系譜です。
およそ百年ごとに突出した才能が現れ、独自の琳派のスタイルを表現してきましたが、新井もまた、そうした系譜の一人ともいえる「花の人」であると思えるのです。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第九話予告
次回はシェラー・マースが担当する夢の花屋。10月14日(金)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。