夢の花屋

週末、自分のために花を飾りましょう。
花を手軽に楽しむコツを第一園芸のフローリストがご紹介します。

第四十六話 《花の静物画》に見立てる

2026.04.01

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて、新たな魅力を引き出す――それが夢の花屋です。
第四十六話は17世紀のオランダで大きく発展した《花の静物画(ヴァニタス静物画)》に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先で花束の仕上がりを待つような、わくわくした気持ちでお楽しみください。

Flowers in a Glass Vase|Rachel Ruysch|1704|デトロイト美術館蔵

《花の静物画(ヴァニタス静物画)》とは

──レイチェル・ルイシュと花のヴァニタス

花を描いた静物画は16世紀後半のフランドル地方で生まれ、17世紀のオランダで大きく発展しました。背景には、植物学の進歩や国際交易による繁栄、市民層の台頭などがあります。

大航海時代以降、世界各地の珍しい植物がヨーロッパにもたらされ、人々の関心は急速に高まりました。植物を正確に描くことは、知識と教養の象徴でもありました。また裕福な市民階級が自宅を飾るために静物画を求めたことも、このジャンルを後押ししました。

この分野を切り開いたのが、フランドルの画家ヤン・ブリューゲル(父)です。彼は精密な観察に基づく花の描写で基礎を築き、17世紀にはデ・ヘームらが象徴性豊かな花の絵を発展させました。

その流れの中で花の静物画を高めたのが、女性画家レイチェル・ルイシュ(Rachel Ruysch)です。植物学者の父のもとで育った彼女は、科学的な観察力と優れた構図力によって、花の絵に独自の深みをもたらしました。

ルイシュの絵には、同じ季節には咲かない花々がひとつの花束として描かれます。春の花と夏の花、さらには異なる地域の植物までもが同じ画面に収まり、実際には存在しない「理想の花束」を構成していました。これは長い時間をかけて観察した花々を組み合わせて生まれた、精神的・象徴的な花束です。

この構成には、豊かさや知識の象徴だけでなく、「異なる時間をひとつの画面に集める」という意図がありました。

花の静物画に深く結びつく思想が「ヴァニタス(空しさ)」です。人生や美、富は永遠ではないという当時のキリスト教的な人生観を示すもので、花はその象徴として最もふさわしい存在でした。
つぼみは未来、満開は現在、しおれた花は過ぎゆく時間を表します。蝶や甲虫などの昆虫は生命の循環や自然の移ろいを暗示します。花束一つに、生命の始まりから終わりまでが静かに描き込まれていたのです。

ルイシュの作品は、この花のヴァニタスを最も洗練された形で示したものです。虫食いの葉、傾いた花、落ちかけた花びらなど、自然の不完全さを丁寧に描き込み、「時間の中にある花」を表現していました。

花はやがて散りますが、絵の中ではその一瞬が永くとどまります。花の絵画とは、美の記録であると同時に、移ろいゆくものへの静かなまなざしでもありました。

今回の『夢の花屋』では、この「ヴァニタス(Vanitas)」の視点に注目し、花が内包する時間や移ろいというテーマを、実際の植物によって再構築した3つの表現をご紹介します。


新井光史が花で見立てた《花のヴァニタス》

─未来─

「『夢の花屋』の中で、ぜひ挑戦したいと思っていたのが、近世に広まった〈花の絵画〉です。
花咲く時期が異なる花々で構成されたアレンジメントが描かれた作品に惹かれ、春ならその再現に近づける可能性があると考え、制作しました。
最初にご紹介するのは、3つのアレンジメントの中でも、最も濃密な雰囲気を持つ作品です」

「現在は栽培技術が進化し、当時は考えられなかった多様な品種が生まれ、開花時期の幅も広がっています。
このアレンジメントでは、そうした“新しい品種”を中心に選び、近世の時代から見た〈未来〉をイメージしました。
特にアクセントとなっているのが中央の『バンダ』です。市場で見つけ、そのグロテスクな美しさに心を奪われました。
また、花だけでなく『蝶の標本』を加えることで、絵画の世界観も表現しました」

「咲き誇る花だけでなく、朽ちていく花や枯れゆく姿、球根など、美の基準がひとつではないことを、このアレンジメントで表しました」

使用花材:ラナンキュラス、ガイラルディア、リューココリーネ、ポピー、ダリア、チューリップ、ルピナス、シンビジウム、スモークツリー、ミモザ、バンダ、アネモネ、マム、ワスレナグサ、ラケナリア、クリスマスローズ、カーネーション、フロックス、ハーデンベルギア、アジサイ、ミニアイリス、レッドオニオン、ペコロス など

─現在─

「2つ目のアレンジメントは〈現在〉を表現しています。
春の花を中心に構成しましたが、春といっても早春から晩春まで幅があり、花の旬は短い周期で入れ替わります。
今日咲いていた花が、明日は散っている──逆もまた然り。
生命の循環が最も感じられる季節が、春なのかもしれません」

使用花材:雪柳、デルフィニウム、スイートピー、ガイラルディア、リューココリーネ、沈丁花、ラケナリア、チューリップ、ラナンキュラス、ポピー、バンダ、ハーデンベルギア、カーネーション、クリスマスローズ、ワスレナグサ、アオモジ、フロックス、アネモネ、スモークツリー、アジサイ、ミニアイリス、アジアンタム、レッドオニオン、ペコロス など

─過去─

「3つ目のアレンジメントは〈過去〉、すなわち過ぎゆく季節を表現しました。
色は褪せ、花はいまにも崩れ落ちそう……。
しかし、バラの季節がもうすぐそこまで来ている。そんな“終わりと始まり”を感じていただけたらと思います」

バラ、ミニアイリス、アネモネ、ラナンキュラス、ミモザ、ラケナリア、カーネーション、フロックス、クリスマスローズ、スモークツリー、アジサイ、ユーカリ、ニンニク、エリンギ など

17世紀の画家たちが花の静物画に託したのは、豪華さの競演ではなく「時間」という目に見えない存在でした。
異なる季節の花をひとつの画面に集めた「現実には存在しない花束」は、自然の豊かさと同時に、すべてが移ろっていくという真理を静かに語りかけます。

今回の制作で新井が向き合ったのも、花の完成された瞬間ではなく、その背後にある“時間”です。
咲き始め、満開、そして終わりへ──。どの瞬間も等しく花の魅力であり、その連続こそが花の本質であると、新井はいいます。

「花は一番きれいな瞬間だけを見るものではなく、変化していく姿も含めて美しいものだと思っています」

近世の画家たちが絵に描いた“花の時間”を、現代の花で表現すること。
今回のアレンジメントは、花の姿を借りて“時間そのもの”を表現した試みと言えるのかもしれません。


《夢の花屋》でご紹介している新井光史が名画に見立てた作品
第四十四話 《長谷川等伯の松林図屏風》に見立てる
第四十三話 《洛中洛外図》に見立てる
第四十一話 ルネ・マグリットの《空白の署名》に見立てる


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第四十五話予告
次回は志村紀子が登場します。5月1日(金)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。 2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。2025年3月に行われたFlower Art Award2025でも川口太聞(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得した。 コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。 著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。

Text・Photo 第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子