庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第二十三話「庭の人」

2022.11.22

study

庭師の人たちと一緒に働き始めたころ。
現場で使う備品や資材の仕入れを担当することになり、現場から「ミニネコとドラムが欲しい」という電話が。

「ミニネコ?子猫ですか?!」
「ドラム?誰かがバンドでも始めるんですか?それともドラム缶のこと?」

という具合にハテナの連続。

落ち葉やゴミを集めるときに使う道具「箕(み)」

実は、彼らのオーダーとは、柄のない大きなちりとりのような落ち葉やゴミを集めるときに使う「箕(み)」、資材を運搬するために使う手押し一輪車、通称「ネコ」、屋外で使うコードリール(大型の延長コード)通称「ドラム」だったのです。
電話先での連想ゲームに、先方もよく我慢していろいろ教えてくれたと思います。

運搬用一輪車、通称「ネコ」

どれもどこかで見かけたことのある道具ですが、まさかこんなにユニークな名前だとは知らず…専門用語って色々あっておもしろいですよね。
ちなみに、働き始めて間もない新入りに、親方が「そこのネコ持って来て」と頼んだら、猫を探しに行ったというジョークがあるほどです。

庭の「いろは」を教えてもらいながら、なんとなく仕事の流れがつかめてくると専門用語にもついていけるようになり、それが嬉しくて、まるで幼児のように覚えたての言葉を連発していました。

さて、そんな庭師たちと働き始めると、ふと、おしゃれだなぁ、野生的だなぁ、と思う瞬間がよくありました。例えば全身黒づくめの彼らのこだわりが「手ぬぐい」でした。頭を守るため、ヘルメットを衛生的にかぶるための必需品です。

手ぬぐいならなんでもいい訳ではなく、春は桜、夏は青海波(波の模様)、秋は菊やお月見、冬は雪の結晶という具合に季節と柄を合わせているのです。
そして、日本庭園で最も重要な松の手入れである、初夏に新芽を摘む「緑摘み」と、冬の剪定時には、松に関する柄の手ぬぐいをさりげなく被っているのです。
ヘルメットを脱いだときに見える季節の柄に、四季を愛でる庭師の粋を感じました。

自然相手の仕事をする庭師たちは、裏庭に実った品種の分からない劇的に酸っぱい柑橘をデザートにしていたり、皮ごと柿を食べていたりと野性的で、そんな自然の中で強くたくましく生きる庭師たちがとてもまぶしかったことを覚えています。

そろそろ冬支度。庭の松には「こも」が巻かれ、落葉樹の剪定が始まります。春になれば枝だけだった樹木は葉を茂らせ、花は開花の準備をはじめます。
こんなに切ってしまって本当に大丈夫なのだろうかと思うほど剪定しても、春にはちゃんと新芽が。そして、植物の生命力あふれる若い芽やつぼみの美しいこと。
「どんなことがあっても、リセットできるんだ!」と毎年、勇気づけられるのです。

最後に、石とシュロ縄で結びを施した「関守石」というものをご紹介します。これは結界(第19話参照)の一種で、これが置いてあると、「ここから先は入らないでね」という意味になります。
ゴロタ石などを十字に縛って縄を編んだものですが、石が持ち運べるように取っ手が付いているのが特徴。この関守石を作るのも庭師の仕事で、職業訓練校や専門学校でも作り方を学ぶそうです。

関守石、留め石などと呼ばれています

茶室の手入れをしようと裏口にまわると、この関守石が置いてあることがありました。それは「いまはお客さんをもてなしているから庭に入るのは遠慮してね」という合図。
その控えめだけれど美しく結ばれたた石の佇まいに日本の礼儀や美意識を感じずにはいられません。

木々のこと、草花のこと、剪定のこと、まだまだ奥が深くて知らないことが山ほどある庭の世界。
私が見てきたものは、ほんの一部の側面であって、職人や地域の伝統や文化、時代によっても習わしが違います。
これが正解というものがないからこそ、それぞれの違いを比べるのも面白い。季節によって違う風景が現れ、訪れる度に新たな発見がある。庭師が手入れをしているその姿すら絵になる、そんな奥深さに心惹かれずにはいられません。
街で、庭園で、軒先で、樹木の手入れをしている職人を見かけると「今日もご安全に」と、いつも心の中でつぶやいています。

さて、私の連載は今回が最終話となります。
季節が巡ればまた植物が芽吹くように、また庭の中からのお話をお伝えできることを願いながら、私も一旦、ここに関守石を据えて、結びとさせていただきます。

はつやま さちこ

高校卒業後、英国へ留学。ロンドン郊外にあるOaklands CollegeのFloristry学科に在籍し、イギリスの国家資格を取得。2008年第一園芸株式会社に入社。ネット事業部を経て緑化事業部へ。各国大使館などを担当していたガーデナー。
現在は子育てのため一旦、退職して家庭生活を満喫中。好きなことは食べ歩き、無計画旅行。昆虫食推進派。

2020年6月からお楽しみいただきました、はつやまさちこさんの「庭の中の人」は第二十一話をもって完結いたします。
次回は2022年12月22日(冬至)に、宮内元子さんの「庭の人」第五話を掲載いたします。