花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第三十七話 「十二月 大雪 冬至」

2019.11.28

life

けあらし

静寂な音楽が流れているかのような11月が過ぎて暦は一年のフィナーレへ。12月が幕を明けると、空気は一気に賑やかになっていきます。毎年のことだというのに慣れてしまうこともなく、いつもとは違う興奮が、自分の中にむくむくと芽生えていくのを感じます。

多くの人の気持や、ものごとが気ぜわしく交じり合い、目に見えない世界にまで、相乗作用が働いて、おそらく実際の忙しさ以上の流れになっているに違いありません。

持て余してしまいそうなこの高揚感を、不安や疲れにしてしまうのか、わくわくするような喜びにするのかは、自分次第。

よい力に保つには、やっぱり草木花や自然の景色が頼りになります。身近にある自然や草木花にちらっとでも目を注ぐひと時を忘れずに師走のリズムを乗りこなしていきたいところです。

冷たくなった冬の空気を肌に感じながら、早朝の海に出かけてみると、美しい真っ白な「けあらし」がたつ季節となりました。慣れ親しんだ海も、幻想的な冬の景色に包まれて、今までの季節とは違う顔を見せはじめます。

柊の花

柊の花は本当に小さくて、たとえば春が来ればあたりまえのように自然と咲いているのが目に飛び込んでくる桜のような楽しみ方ができる花ではありません。

たとえ咲くのを知っていて楽しみにしていても、そろそろ時季かなと思った時には、花が散っていたということも珍しくないのです。ひっそりと葉影に咲いて、しかもその葉がちくちくと痛いものですから、なおさら。

咲き始めの初々しさや、終わりの儚げな様に惹かれる花が多い中で、満開の時に出会うことができたなら何よりラッキー。そんな風に思わせてくれる花です。

柊の枝

柊の大きな花枝を飾る時の楽しみは香りです。品のいい、甘い香りです。こんなに小さな花なのに、驚くほど強い香りが立ちます。雪色の花は、揺らすとこぼれおちてしまいそうだから、そっと静かに生けます。

あとふた月後には、節分の行事に柊鰯として大活躍する柊ですが、その頃に比べると、まだ葉はやわらかく、優しい感じ。ちくりと来ても、まだそんなに痛くはありません。

節分に向けて、これからたくましい葉へと変わっていく途中。今年は、柊の側を通るたびに、刺のかたさを確かめて歩きたくなっています。

イチイの木と実

イチイは北海道や東北などに多く生息している木です。オンコの別名があり、赤く可愛らしい鈴のような実をつけます。平安時代にこの木でつくった笏を都に献上したらとても美しいという評判から、「一位」の名を付けられたのだとか。現在も伊勢神宮の式年遷宮の際には、イチイの木で笏をつくるそうです。

今年は、北国にある親戚の家からとっても素敵なイチイの枝をいただきました。たっぷりと雪帽子をかぶっていた枝にはびっしりと赤い実がついていて、存在感のある佇まい。太い枝をいただくのにのこぎりを入れると、きめの細かさが手に伝わってきて、命をいただく神妙な気持で頂戴しました。

葉は少し枯れているのか、紅葉しているのか、色変わりしている葉がまた全体を引き立てています。なんともいえない風情にすっかり夢中になってしまいました。クリスマスをお祝いしているような、お正月の神様を迎える依り代のような、しつらいになりました。

ひつちの稲穂

ひつち、またはひづちとは、刈り取った稲から、ふたたび芽吹いて、穂をつけた稲のこと。 稲のひこばえです。 庭で育てていた稲が、刈り取りを終えたあと、ふたたびすくすくと育ち、見事に稲穂をつけました。

それを根ごとほりあげ、新しい年を迎える前の、お供えものにしました。 足元には、難を転じる南天の赤い実を配します。 根付きのものにしたのは、新年の干支、「子」年の音にかけたもの。 しっかりと根をはり、大地をつかんで、たおやかに。 新しい年への想いを、しつらいに託して、道しるべに。 今年もじっくりと、あたためていく時季となりました。

「一月 小寒 大寒」

新しい一年のはじまりです。大気は澄み渡り空は広々としています。 水仙の花の香りや、すっくと立ち上がる花姿につられ、背筋をピンとのばしたくなります。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正