花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第二十四話 「大寒のこと」

2019.01.21

life

一年で最も寒い時季、という意味の大寒がやってきました。
二十四つの季節もひとめぐり。一つの大きな節目です。
寒の時季もピークを迎えて、まさに凍えるような日々の中。
人間も犬や猫たちも同じように、少しでも日の当たる方へと身体は向かい、太陽の力をもとめる気持が強まります。
草木花もまだ眠る静けさと厳しい寒さの中で、身を固くしながら歩く日々は続くけれど、そのことが却って自然とのつながりを思い出させてくれる、そんな季節になります。

長い年月、日本人の暮らしの中で根づいていた本来の、「暮れの時季」あるいは「年の瀬」もこの期間。
注意深く草木花を眺めれば、桜の冬芽は動き、いち早く日のあたる枝には梅の花がほころんでいます。
まさに春への思いをふくらませながら過ごした昔の人々の思いを感じながら、二回目の年末年始を心の内で楽しみます。

寒さの頂点にありながら、春への扉は開き、道は続いています。
冬と春をいったりきたりしながら、自分の軸を確かめていくための力がはたらいています。
季節の流れから受け取るメッセージは、人により違うと思いますが、大寒の時季にいつも私が感じるのは、何に目を向けるかにより、大きく気持は変わる――。
さまざまな状況の中で、思い出したいことだと思います。

沈丁花のつぼみ

これから早春を告げる花々のシーズンを迎えますが、いつの間にか、沈丁花のつぼみが勢いを増しています。
頑な蕾がこれから少しづつふくらんでいくのが楽しみ。
ひとつふたつ開いてその香りをあたりに解き放つまでの道のりを、確かめながら歩くような今のリズムで、新しい年を歩いていけますよう、祈るような気持でつぼみを飾り、楽しみます。

雪柳の残り葉

今年度の秋や冬は、変則的で戸惑うことが多くて、
山の木々に時期外れの新芽が芽吹いていたり、紅葉していたり。
今もそのなごりが、そこかしこに見られます。
厳寒の中の季節外れの花や新芽が気になり、そのゆくえを時折、追いかけています。

特に心惹かれているのは、雪柳に残った葉です。
晩秋に色づいた葉を生けて、愛でるものを照り葉と呼びますが、
残り葉となづけたのは、冬の朝日に照らされた雪柳の葉がとても綺麗だったから。

本来ならすっかり落葉し、冬芽だけがついているはずの枝に色づいた葉。
さまざまな季節を重ねて奥行きが出るのか、見とれてしまう素敵な色をしています。

ドウダンツツジの新芽

11月の晩秋に、北海道からつれてかえったドウダンツツジの蕾。
水にさして、かちっとした蕾や、幾重にもなる模様の重なりを楽しんでいたのですが、頑な蕾が緩んできたような気がして眺めていると、緑色の芽が顔を出し始めました。
部屋の中に思いがけず、いち早くやってきた春の動きに、いのちの不思議を楽しんでいます。

早春の花はじめ

友人の山の畑にいくと、日当りのよいところで菜の花や咲いていました。
梅よりも早く咲いて、日なたのような香りをあたりに放っています。
ミツバチもこの香りに促され、目を覚ますのでしょうか。
近くで咲いていたホトケノザを添えて。

豆飾り

今年の節分は、豆飾り。小さな柊鰯と椿をしつらいました。
江戸時代などの古い図絵を見ると、お正月飾りと豆まきが一つの絵に描かれているものがよく見られるように、旧暦ではお正月と節分の日付は重なったり、近いものでした。

自然の力がふくらみはじめ、新しい命が生まれる前の混沌とした狭間の中。
四季のめぐりの中でも大きな境界線が節分になります。
新しい流れを迎える前に、隙間に入り込みやすい災いを除けるためにあるさまざまな習わしや工夫を暮らしに取り入れて、次の季節を迎える前に、気持や身体を整えていきます。


立春へ

新しいめぐりのはじまりです。
春を告げる草木花が動きだし、鳥たちの声が嬉しい季節がやってきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正