第二十五話 「立春のこと」
2019.02.05
暮life
節分を過ぎて、春がはじまりました。
二十四節気のめぐりもここからスタート。
太陽の光りは白く眩しく、季節は光に満ちあふれ、耳にする鳥達のさえずりが少しずつ増えていくにつれて、鶯のことを思い出す頃です。
初音を心待ちにし、余裕をもって待ち構えるのか、それとも響いてから、ハッとしてもうそんな季節なのかと、やはり今年も教えてもらうのか――。
自分の今のリズムを知る目印になります。
そろそろ漂ってくるはずの、かすかな梅の香りを確かめながら、春のきざしを数えて慈しむ季節が今年もやってまいりました。
春夏秋冬、4つの季節の境界線の中でも、たくさんの命が芽生えていく、冬から春への大きな変わり目の中。
自然の一部である私達にも、同じ力がはたらいて、冬の間、身体や心のうちで大切にあたためてきたものが生まれていくとき――。
視点を変えれば、あたらしいものを誕生させる前の、産みの苦しみの時でもあります。
(毎年この時季にインフルエンザが流行することも興味深いことです)
思いや身体を整え、すっきりと成長していく前には、様々な障害を感じることも多いのですが、それも夜明けがそう遠くない印。
新しい光りの力を借りて、生まれる前の混沌とした道を楽しむように、気持を切り替ることができれば、不安な気持と、楽しさに心踊る気持は、とても近いことに気づいていきます。
立春の光
今年はやはり季節の進みが早いせいか、いつもの年よりこころなしか立春の光りも強く感じます。
ちょっと平衡感覚を失ったような、変則的な近頃の季節を他のいのちがどんな風に受けとっているのか、少し気になるところです。鳥達の恋の目印は、太陽なのだそうですが、白くあふれるようなこの時期の光を浴びながら、生きていくために必要な恋を実らせるためのさえずりをはじめます。障子を通して差し込むその同じ光りは、私達の部屋の中や、心の内を照らしてくれます。午前中、和室にいると、光と菜の花が織りなす影のかたちがあまりにきれいで見とれてしまいました。
ささやかな日々の中にある思いがけない景色は、心を豊かにふくらませ、満たす力があります。
菜の花
先の節気でも登場した菜の花ですが、ぱらぱらと咲いていたはじまりと比べて勢いがあります。
こんもりと咲いているのがとても可愛らしく、まさに、今の春の力、そのもののように感じて足を留めて眺めていたところ、思いがけず、畑の方にいただきました。
菜の種類により異なる菜の花の趣きの違いを時折、思い出しながら歩く――。
忙しくとも、そんな時間を忘れずに歩くことができれば、と思います。
松竹梅の包みもの
旧暦で数えるなら、今年は立春が大晦日。
2月5日は元旦となり、旧暦のお正月となります。
新暦のお正月が過ぎて、約二ヶ月。
二回目のお正月をお祝いするための包みものです。
万葉集や古今和歌集などにも登場し、古い時代から、縁起物としておなじみの「松竹梅」ということば。
梅の花には、他の花に先がけて咲く、お目出度い力を。
全ての葉を緑色に染める前、四方を白にした熊笹(竹)と、場を清めるような芳香を放つ松は、常に緑を保つ清くたくましい力を取り合わせて束ね、白紙で包み、水引で結びました。
三つの植物は、聖なる力を持つ、吉祥をもたらす植物として、時折あらわれて、長い年月に渡り、今も私達の暮らしの中に奥深く息づいています。
山茱萸(さんしゅゆ)
梅と並ぶ早春の花木です。
枝ぶりに繊細な趣きがあり、その先に散らしたように咲く小花は、まるで小さな花火のよう。
ぷくっとしたつぼみがパカリ、とひらいて、茶色の蕾から顔をだす優しい黄色は、なんともいえない魅力があります。
秋になる実は、きれいな赤い色で茱萸のよう。漢方では強壮剤などに使われてます。
春黄金花(はるこがねばな)や、秋珊瑚(あきさんご)などの可愛らしい名前も持っています。
第二十六話「雨水」へ
寒さががゆるむにつれて、優しい雨がふります。
大地は潤い、草木のいのちはさらにほころび、次の季節を迎えるしたくを整えていきます。
広田千悦子
文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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