第三十二話 「七月 小暑 大暑」
2019.07.07
暮life
「暑」の季節が広がる7月となりました。
七月をひと月全体として眺め、あらためて考えてみますと、前半の小暑と後半の大暑では、大きく異なる季節が、ひとつの月の中にあることに気づきます。
梅雨の真っ最中で、曇りや雨の日が多い、どちらかというと静寂な季節から、太陽がぎらぎらと照りつけるエネルギッシュな真夏へ。
梅雨から真夏への立ち上がりには、いつも以上の体力が必要で、その大変さは人それぞれであるにしても、このかなり極端な季節へのきりかえを、毎年、毎年繰り返し、積み重ねています。
自分の中に、そんな力が蓄えられていることを知り、信じることができれば、全く自分と違う考え方に出会ったり、違和感をおぼえることに対しても解決の糸口をゆったりと、見いだしたり、気負わず向きあうことができるような気がしています。
季節のうつろいや旬、そして花は素敵だなあ、可愛らしいなあと思うだけでなく、自分なりに、その気配や趣きに浸り、よみとく習慣を持つのは幸せなことです。
じんわりと染み込むような、あるいは躍りだしたくなるような喜びはもちろん、人としてだれもが避けて通ることのできない孤独を癒し、自分が望む通りに歩くために必要な、発露を促すからです。
難を転じる縁起物として、お正月のお飾りなどで大活躍の南天が花を咲かせています。
この細やかな花が実を結んで、あの朱色のたわわな実を成らすのだと思うと熟すまでの道のりを、今年こそは忘れずに追いかけて見守りたいと思います。
花の頂は、天を目指すような山のかたち。
生けると粉雪のように花びらを落とすはかなさも、この花の趣きの一つです。
今年の新暦の七夕は、梶の枝に紙垂をしつらい、花器にいれました。
梶の葉は、
「天の河とわたる舟のかぢのはに 思ふことをも書きつくるかな」11世紀末の『後拾遺和歌集』
「星逢の空を詠めつつ、海士人戸渡る梶の葉に、思ふ事かく旬なれや」13世紀『平松家平家物語』など、さまざまな時代の歌の世界で登場するように、梶の葉は願い事をつづるための葉。
今の時季の梶の木は、ぐんぐん背を伸ばし、葉をこんもりとつけています。
今年は墨で祈りのことばを書かずに、胸のうちで思いをあたためることに。
見えない祈りを梶の葉に託し、梶の枝、そのものを花器に入れてみました。
長年の念願だった、ネムノキの花が手に入りました。
身近にあるものの、木の上で咲く花ですから、機会がなかなかありませんでした。
吹く風にゆさゆさと揺れるのをいつも遠目で眺め、楽んでいたのは、あたりの気配をゆったりとしたものに変えてしまうところ。たとえば、ホタルが時間の感覚を変えてしまうのと同じような、何か不思議な力を感じていました。
ネムノキにちなむ話で面白いのは、「眠り流し」の習わしです。
ネムノキの枝を、海や川に流してお祓いをします。
何を祓うかというと、「睡魔」です。
その文字が表す通り、昔は眠気を催すのは、魔の力がはたらくから、と考えたのです。
その魔をはらうためにネムノキを使ったのは、この木が動くことを、眠りに見立てたから。
同じような動きや、音を持つものには呪力がある、と考えたのは日本人の考え方の中によく見られるものです。
それにしても引きずりこまれるような眠気に抗うのは、なかなか難しいものです。
労働と命がダイレクトにつながっていたという時代は変わり、現代の祈りとして考える時、ネムノキは、ゆったりと揺れて、眠りを誘うようにも見えます。
個人的には、健やかに眠るための力をもたらしてくれる植物のように感じています。
古に伝わることと、今の気持を大事にして、たっぷりと水を張った水鉢に、花と葉を浮かべてみました。
刺激を受けたり、夜になり暗くなると、葉をとじて眠ったように見えることから、「ネムノキ」という名がついたといわれています。
ネムノキが葉をとじて眠るように、まぶたを閉じて、質のよい眠りをとって夏を越えていきましょう。
第三十三話「八月 立秋 処暑」へ
秋のとびらが開くとき。暑さも鎮まりはじめるのと一緒に、身体も心にも、穏やかさが戻ってまいります。
広田千悦子
文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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