花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第三十五話 「十月 寒露 霜降」

2019.10.08

life

枯れ蓮

空を舞っていたツバメたちがいつのまにか南へ旅立ち、寂しくなりました。
夕暮れに佇み、暮れていく空を眺めていると、徐々に灯る街の灯りにほんわりとしたぬくもりを感じる季節の到来です。

晩秋といえども、まだ強い日差しの日もあり。
暑い暑いとつぶやきながらも、早く過ぎ去ってしまうものはなんでも寂しいものです。
ぶり返す暑さは身体に堪えるものの、かろうじて残る夏のなごりにどこか不思議と安堵する気持も少し、あることに気づく時季でもあります。
それも秋が深まるにつれ、だんだんと薄れていきます。
うつりかわる季節にゆっくりゆっくり包まれていく、静かな静かな季節です。

いち早く紅葉を迎えていた桜の次に楽しみなのは枯れ蓮の景色です。
今年は、思いのほかまだ気温や湿度の高い日もありますから、季節の進みがいつもと違い、ちぐはぐなところも。
蓮が枯れていく様もまた、今年はゆっくりと進んでいるのでしょうか。
先日は、青々とした葉と、実りを迎えた茶褐色の花托のコントラストに目がとまりました。

そもそも枯蓮は冬の季語で、葉も実も朽ちて物悲しい景色をいいますが、今の時季の蓮池がおりなす景色も見事です。
生き生きとした緑に、柔らかな萌葱色から褐色、利久茶色など、様々な葉のグラデーションが目に入ります。
花が終わったあとのシーズンオフとして通り過ぎるだけにしたらもったいない。
若葉の頃、花を咲かせる時、枯れゆく風情、季節を通し、眺めていくことで心のうちに芽生えるものがあります。

盛りと言われるシーズンだけでなく、一年を通して草木花を眺めていく習慣は、ものごとを概観する楽しみを育て、長い人生の中では心の支えとなることもあるでしょう。

菊の着せ綿籠

香りのあるものを移し、しみこませることを「うつしの香」といいます。
10月7日に迎える旧暦の重陽の節供のためのしつらいに、菊のうつしの香である「着せ綿」をします。
今年は籠に盛り、菊の着せ綿籠としました。

清少納言の枕草子では「九月九日は、暁方より雨少し降りて、菊の露もこちたく、おほひたる綿などもいたくぬれ、うつしの香ももてはやされたる。」とあります。
九月九日は、明け方から雨が少し降り、菊の花にびっしりとふって、菊に着せている綿も
すっかり濡れて、花の移り香もとても強くなってきた、という意味になります。

この露に濡れた絹の綿で撫でれば、長寿を保ち、若返りの効能があると考えられていたので大切な人への贈り物にもなりました。

今年は、私も仕立てた籠を前日から一晩外へ置き、夜露を含ませたものを包んで、友人への贈り物にしようと思っています。

着せ綿には、白菊には黄色の綿、そして蘇芳の芯、黄菊には蘇芳の綿、白の芯、紫菊には白の綿、黄色の芯の決まり事が見られました。

蘇芳と黄檗

菊の着せ綿は、絹の綿。真綿を蘇芳と黄檗で染めました。
自然のもので染めると、いつも感じるのは身体に染み込むような色の威力です。
美しいだけでなく、身にまとえば、身体を守ってくれる、と直感が働きます。

蘇芳は古い時代に、南国から中国を通り日本に伝わった植物で、古代の重要な染料の一つです。
紫色の次に身分の高いものが用いる色でした。
煮出すとほどなく出てくる力強い色は、目の覚めるような色です。
草木染めの好きな方々に、蘇芳のファンが多いのも頷けます。

黄檗(きはだ)は煮出している時から、薬草の匂いがします。
漢方では黄柏(おうばく)といって、胃の薬などに使われています。
現在も民間薬の陀羅尼助や百草丸の成分に使われ現役です。
煎じたものは防虫効果があり、正倉院文書に使われています。
写経や戸籍帳なども、この汁で染めることで、長持ちする工夫に役立ちました。
鮮やかなこくのある黄色は媒染なしでも簡単に染まります。

菊の葉の書

中国の菊にまつわる伝説には、少年が菊の葉にお経を書くと、ある日菊の露がこぼれその露を飲んだ少年は、800歳まで生きたという話があります。
これが元になり、菊は若返りや長寿の力をもたらす神聖な花となったといわれています。
今年の私の季節の教室では、この故事を思い、実際に大菊の葉にお経を書いています。
七夕の梶の葉とは趣きの異なる葉の書を楽しんではいかがでしょうか。

十一月 立冬と小雪へ

冬の足音がひたひたと近づいてきて、太陽の力のぬくもりがありがたくなります。
そんな小春日和の中で、山茶花や金木犀など、香りの強い花々に包まれていきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正