花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第三十四話 「九月 白露 秋分」

2019.09.08

life

白粉花

日に日に早くなる夕暮れの中で、白粉花(オシロイバナ)が咲いて、うっとりするような香りを放っています。

都会の街路樹の隅でも上手に居場所をみつけて群生するものも珍しくない花。
私は近所と渋谷で、毎年決まって同じ場所で咲く白粉花と出会うのを楽しみにしています。
人の手を借りることなく、繰り返し花を咲かせる草花の生命力に触れるうちに、
大切なことを思い出したり、元気をもらうことが少なくないからです。

秋を告げるものは他にもたくさんあります。
虫の音は、早くも盛りを迎えているようです。
例年なら、虫の音のはじまりは不揃いで可愛らしく。
この時季の虫達の声に出会うと、早春のウグイスのたどたどしい初音を思い出します。

最初は、ひとつひとつの虫の音に耳を傾け、聞き分けて楽しむのが常。
そうこうしているうちに、秋は深まり、音調は低めに一定に。
ついには大合唱に変わっていく―。
その経過を楽しむのが、虫しぐれの醍醐味です。
ところが、今年はもう一気に大合唱になったようです。

猛暑が終わり、ほっとする思いと、
夏に別れをつげる間もないまま置いて行かれたような思いと。
さまざまな思いも交差しています。

あまりに時の流れが早くて、身体も心もついていけるかしら、と心配になりますが、その一方で、すべての流れが早い今の時代にあっては、あっという間に過ぎ去る季節の流れがかえって馴染みのあるもののようにも感じます。

ただ、今月は太陽の分岐点、秋分がありますから、大きな節目に留意したいところ。
疲れていることを知らぬまま、無理して歩きすぎることのないようにするためには、やっぱり節目が大事。草木花や虫の調べに耳を傾けて、心をゆだねる時間を忘れずに歩いていきたい9月です。

十五夜花

今年の十五夜花には尾花、女郎花、りんどう、藤袴、吾亦紅、水引、さし色にはアザミのような花、タムラソウをいれてみました。

本来、十五夜花がそうであったように、身近なところに咲く旬の花を十五夜花として月へのお供え花にします。
十五夜にちなむ花である秋の七草の由縁を取り入れるために、「七種」の花をいけました。

藤袴は、いけたあとの楽しみがあります。
部屋に吊るし、乾燥させておくと、いい香りを放ちはじめます。
生花のときには想像できない香りの良さと、強さ。
この香りに出会うことではじめて、平安時代に香水変わりにしたという話題や、「香水蘭」、「香草」と呼ばれる由縁が、すとんと胸におちてきます。

白い月餅

中華街でおなじみの月餅は、古くから伝わる点心の一つです。
元々、中国では日本の十五夜と同じ意味を持つ中秋節に、まるい満月のかたちに見立てたものとして、月にお供えものにしたり、贈り物にします。
一般的におなじみなのは、焼き菓子ですが、ベトナムや香港、台湾などで見られるのが白い月餅です。今回、白い皮は餅粉でつくり、蓮の実と小豆餡を包みました。
ふんわりとした歯触りと軽めの月餅になりました。
さまざまな土地で十五夜の花としてお供えにしたという、紫苑の花を添えて。
「白月」に見立てた月餅で、月見を楽しみたいと思います。

お供え物

十五夜のお供え物には、お団子をはじめ、その時期の旬のものがよく使われます。
お芋や栗、枝豆をしつらうのは、その時季の収穫物をあらわしています。
いのちをつなぐ食べ物の恵みに対して、心底、ありがたいという気持があったからこそ、生まれたお供えものでしょう。
そのとき採れる一番良いものを、自分が大切だと思うものをお供えものにしてきたという
ことになります。

古くからのかたちや思いをとりいれつつ試みたいのは、やはりこの気持の部分です。
自分が受け取り、嬉しいな、ありがたい、と感じるものをお供えものにする。
こころが動くものが何かを見極め、選ぶ。
考えてみれば、大切な人への贈り物を選ぶ時に、自然と使う気持です。

今回、私がお団子の他にお供え物に選んだのは、小さな実をつけた毬栗と、花縮砂の花です。
まだ青みの残る栗の枝の清々しさ、そして、一花おくだけで、部屋中を清浄な香りで満たす花の力を、十五夜のお供えものにしました。

走り野菊

9月9日には重陽の節供、菊の節供を迎えます。
まだ野菊には早いけれど、と庭を見回すと、一枝だけ、野菊が咲いていました。
枝ぶりもよく、しばらく庭で眺めていましたが、みなさんと一緒にたのしみたいと思い、長めに枝を切り、満月に見立てた骨董の丸皿の上にそっと置いてみました。

十月 寒露 霜降へ

涼しさを通り抜けて、朝夕には一瞬、ひんやりということばを使いたくなる日も。
立冬へと向かう前の、晩秋の季節感にゆっくり浸るような時季です。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正