花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第四十一話 「四月 清明 穀雨」

2020.04.03

life

見事な桜花の中、新年度がはじまりました。
新しい年度を迎えるということは、二度目のお正月がやってきたようなもの。
昨年度から新しい年へと移り変わる音が、そこはかとなくあたりに響いているようです。

4月の二十四節気は、万物が清らかで明るく全てのものがいきいきとしてくる「清明」そして、中旬には植物を育む雨の降る「穀雨」を迎えますが、今は、新型コロナウイルスによる様々な世の中の動きに、疲れがたまっている人も多いと思います。

ただ、個人にとっても世界にとっても大きな節目を迎えているのですからふだんあまり使うことのない気や力を使い、疲れてしまうのはあたりまえのことです。

必要以上に、平気なそぶりをする必要もなく、必要以上に自分が弱くなったように感じたり、不甲斐のない気持になる必要もありません。
だれもが助けを必要としていること、心配なことを静かに受けとめて、いのちあるもの、ないもの、目に見えるもの、見えないもの、さまざまな存在の力を借りて、一日一日を過ごし、しのいでいくための土台を調えておく時だと思います。

頭ではわかっていても、滅入ってしまうこともありますし、時はこれから春が進むにつれ、草木花はどんどん開いていく方向に季節の力がはたらくところです。

活動的なエネルギーが満ちていくところに、今求められているのが、「籠る」こと、「動きを制限する」ことなど、どちらかというと春とは真逆の冬に働くエネルギーです。

起きている現実以上に、不自由な気分になりがちである理由がそんなところにも原因があることを、頭の隅に入れておくことは大事なことです。

ふだんからいつも草木花は、私達の力になってくれていますが、こういう時だからこそ、自然や植物たちに目を注ぐ時間をいつもより増やし、草木花たちに、甘えながら上手に自分を調えて、人生を旅していきたいと思います。

今年はにぎやかな花見をしている人に出会うこともなく、ひとけがない分、桜の木が持つ「気」のようなものがよく伝わってきます。
花を支える軸である幹には迫力があり、年季をえたものが持つ美しさや、今年ならではの桜の力を見せてくれています。

石楠花の祈り

石楠花のつぼみが、天を向いて力を蓄えています。

4月8日のお釈迦様の誕生を祝う日に花を飾る習わしがありますが、石楠花のつぼみや花をかかげるところがあります。
その土地によっては、田の神やご先祖さまをお迎えするという意味も見られます。

石楠花を捧げるのは、ひとつの蕾から12つの花を咲かせると考えられてきたことから。
その年、一年の願いごと(12ヶ月間)を叶える、という意味があります。

美しい葉と、品よくまとまった蕾をシャコガイに入れ、三方でお供え物に。

シャコガイは沖縄などで、邪気を祓い、福をもたらす縁起物です。

今のご時世に合わせた祈りを込めて。

一つのつぼみからいくつの花が咲くか、今年は数えてみたいと思います。

にわとこ

広がるように枝葉を伸ばし咲くニワトコの花が盛りです。
ニワトコは日本だけでなく世界中で、儀礼や祈りの花として知られています。
セイヨウニワトコは、北欧では「不死の象徴」として。
アンデルセンの童話には精霊の意味を含むニワトコおばさんが登場します。
日本では、門口に立てて邪気払いとしての役割がありました。

このニワトコは、毎年、庭でふさふさとかわいらしい花を咲かせてくれるというのに、ちょうど花開く時期が、彼岸桜や山桜に夢中になり、宴を終えたその後。

花に疲れることはありませんが、百花繚乱、咲き乱れる春の中で、毎年、楚々として咲くニワトコの花を忙しくしているうちに、うっかり見過ごしてしまって、がっかり、ということも少なくありませんでした。

今年は仕事のかたちが変わり、違う時間のリズムになっているために、ニワトコにゆっくりと出会う時間ができました。

目に入るもの、手にとるものも変わり、今まで手に入らなかったもの、気になっていたけれどつい見過ごしてしまうものなど、別の時間軸によって生まれたいつもとは違うものとの出会いを、楽しむチャンスが訪れています。

いろいろと、辛いこと、面倒なこと、そして大変なこともあるのですが、大切にしたかったもの、大切にすべきだったことをようやく大事にできる、そんな時間が流れているように感じます。

天道花

天道花は、お釈迦様のお誕生を祝う、あるいは田の神、山の神を迎えるための標。
長い竹や、棒の先に時節の花を束ね、結び、天やお月様に空高くかかげて祈りを込めるものです。

近畿地方や中国、四国地方などで見られた習わしで、他の行事と同じように、旧暦となりますから、本来は一ヶ月から一ヶ月半先のことになります。
当然、結ぶ花も今の季節とは違ってきます。

毎年、新暦のこの時期は、椿、山吹、シャガ、諸喝采と様々な花が咲き出しますが、やはり一番力を感じるのは、桜、山桜だと思います。
今年も、山桜の天道花に。

天道花の軸は、黒竹に。
黒竹は、筆や工芸品など、日本文化に由縁の深い竹になります。
空に高々と上げるような気持で、山桜を入れ、実りと山の神への願いを込めて、稲穂を精麻で結びました。

山吹の灯り

一重の山吹の色は、心を明るく照らします。
あちらこちらへと、枝の手をいくつも伸ばしているのに、葉には趣きがあり、静かな花。

皆で集まり、賑やかに過ごすことができるようになるまでしばしの辛抱の時ですが、この山吹の花のように、静かに、でも勢いよく。
自らを保ち、心の内側を育む機会にしたい、という誓いに。
仏具の華立に入れました。


第四十二話「五月 立夏 小満」へ
美しい緑に包まれて、香り立つような風に吹かれて心地よい季節へ。
梅雨に入る前のほんのひととき。心身を癒しほぐす、色の季節です。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正