花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第四十二話 「五月 立夏 小満」

2020.05.05

life

初夏の夜明け

穏やかなとき、不安なとき。
さまざまに揺れるのが人の心。
そうしたことに惑わされることなく、季節はいつの間にかに過ぎて、揺るぎなく時の流れを教えてくれます。
立春、立夏、立秋、立冬の四立(しりゅう)の中でも特に、立夏の訪れには毎年、意表をつかれてしまうもの。
暦の上でのこととはいえ、もう夏がやってきたのです。

近年、この頃になると強烈な日差し、そして早くも空気が蒸してくる兆しが。
初夏の風「薫風」を待ち望むところですが、今年はいつになく朝夕に涼やかさが残っていて、清らかな空気が胸に染み入ります。

特に気持がよいのは、朝一番の鳥が鳴く頃。
新しい緑をたたえた草木花にも格別な生気が満ちています。

ちなみに季節によりその土地により、夜明けを知らせる音は異なります。
私の住む場所では、今の時節なら鶯やカラスです。
そして暮らしの音や、足音、そして車もいのちが立てる音です。
それほど長くは待たずとも、6月になればホトトギスの声が聞けるでしょう。
やがてヒグラシへと変わります。
音にも季節があることを、夜明けは教えてくれます。

何より声を発しないはずの草木花も、この時間帯にはもの言いたげで、つい耳を傾けたくなります。

たまには、とびきりの早起きして、特別な気配に身体と気持を浸す時間をつくりたいもの。
この時間に感じる空気は何かと似ている、と考えをめぐらせていたら、寺社にお参りするときだと気づきました。

時に今は、知らぬうちに疲れをためてしまうご時世です。
夜明けの気配や、草木花の息づかいを浴びるうちに、ゆっくりと自分らしい素直な気持が戻ってきます。

飾り茅巻

新暦の5月5日は、端午の節供です。
旧暦では今年は6月25日になりますから、私はあと一ヶ月以上の間、端午の季節と呼んで楽しむことにしています。

さまざまな時代の端午の節供を眺めていくと、子どもの日、男の子の日、田植え前の心身のお清め、凧揚げ、舟くらべなどで競う日、そして薬猟(くすりがり)、と様々です。

当然、行う目的もそれぞれ異なっていたわけですが、人間の力ではどうすることもできなかった災害や疫病に出会った時代の人々は、災いが納まりますように、と願いを込めながら、家族や大切な人を思い、手を動かし、自分のできることをするために、自らを整えていたことでしょう。

年中行事が暮らしに息づいていればいるほど、行う意味は、社会のかたちに合わせたものになります。
たとえば、端午の節供が、男の子の勇ましさを願う節供だという位置づけは、戦の記憶が新しいうちに生まれたある時代の考え方でしょう。
現代においてなら、そのままがいいという人もいれば、LGBTなど、多様な生き方が共有される中で、違和感のある人もいるでしょう。

端午の節供には何を祈ろうか、しつらおうかという選択ができる現代。
今年のしつらいものには、やはり災いを除けるためのかたちを、と心が向きます。

今回のしつらいものの一つは、香りに力があり、一年を通してお供えにも使う身近でありながら、聖なる力を持つ「笹」を使った粽をつくりました。

粽の本来の意味は、茅の葉で巻く=茅巻。
夏越の祓えでおなじみの、邪気払いの植物、茅です。

粽を合わせて拵えた頂きには、なごりの時期に入ったシャガを結んで。

可愛らしい花よりも凛とした花が似合うように思います。

天をさししめし、願いを込める、出で立ちからくるものではないかと思います。

つつじの薬玉

二つめの今年の端午の節供のしつらいは、
つつじの薬玉(くすだま)です。

薬玉は、その名が表す通り、薬の玉。

中国から伝わり、身体のために薬草を摘み草した時代のならわしのかたちです。
香りがあるものを結んだり、旬の花の力をいただく、やはり邪気払いのかたちです。

今回の薬玉の材には、つつじに、古くから伝わる薬草の菖蒲を結びました。

つつじは、ふだん歩いているおなじみの道で、毎年、大輪の花を咲かせてくれる花。
なぜか目を向けることなく、素通りしてしまっていました。

花をいただくために、近づくと思っていた以上の華やかさ。
あたりは蝶も蜂も喜び舞う楽園のようです。

身近にありすぎて、見ているけれど見ていない花。
日々の中にもある、そんな隠れたたからものに、どうか気づく力を持てますように。

そんな意味も込めてつつじの薬玉をつくりました。

大枝に咲き誇るつつじは、散りやすく、繊細な花。
落ちた花を拾い上げて、三方に入れてみました。
萌葱色に広がる葉は、つつじらしさの一つ。
眺めているうちに、何気ないものに宿る力を教えてくれる花です。

ユズリハの古い葉 新しい葉

お正月にはおなじみの、縁起物、ユズリハが先日まで花をつけていました。
小さな花を一斉にサッと潔く散らした後、若葉がさらに冴え冴えと輝いて目を惹きます。

お供えもののお道具、瓶子(へいし)に入れて。

上に広がるのは新しい葉、下を支えているのは古い葉。

新旧の力を合わせて、新しい世界に向かうために。
そんな意味を込めました。


第四十三話「六月 芒種 夏至」へ
早くも一年の折り返し地点に。半年に一度の節目です。
雨が多くなり潤う季節へ。
空から降る雨にあらゆるものを清めてもらう心づもりで。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正