第四十五話 「八月 立秋 処暑」
2020.08.07
暮life
蜻蛉
昨日、ツクツクボウシの音が聞こえてきました。
夏の気配が夜明けに入り交じるようになると、ヒグラシの声、そして夏の盛りにはミンミンゼミ。
残暑という言葉がしっくりとくる頃になれば、ツクツクボウシがなきはじめます。
その土地土地により、種類も順番も異なるようですが、私の住む場所で、聞こえてくる蝉の音の順番はおおよそ、こんな感じです。
その流れからすると例年よりだいぶ早く、「ツクツクボーシ」と響きはじめた声に、少々驚ろかされましたが、立秋ということばにすら、追いつくことができないもどかしさを抱える世の流れの中では、本来のリズムに導く音のようにも聞こえてきます。
蝉の音のように、季節の進み具合を知らせるものには、様々なものがあります。
蜻蛉もその一つです。
初夏に早々と飛んでいるものもいるけれど、やはり、見上げる空に群れて飛ぶ姿を見る機会が増えてくるのは、立秋やお盆が近づく頃。
空を見上げることを忘れずにさえいれば、この時期は、すい、すい、と軽やかに飛ぶ姿が、田んぼの上だけでなく、町や海のそばでも、見ることができます。
この時期に飛ぶ蜻蛉を、精霊蜻蛉、盆蜻蛉とよんでいるのは、ご先祖さまや目に見えない存在を背中に乗せている、あるいはその化身だという考え方があるから。
飛ぶ姿や、葉の陰で休む姿に目を注ぐうちに、時の流れはゆったりとしてきて、季節には、いいあらわすことのできない不思議な力が宿っていることを
私達がすっかり忘れてしまう前に、ちょうどいいタイミングで伝えてくれています。
オルスイさんの笹飾り
八月七日は月遅れの七夕です。
地方により新暦で行ったり、月遅れで行ったりするのはお盆と同じマインドがはたらいています。季節感を大事にするところ、記日を大事にするところ、それぞれです。
今回、笹飾りにしたのは、オルスイさんです。
七夕人形の一つで、ヒトガタをした形に、幣のような飾りのついた姿をしており、どこかから吹いてくる風に揺れるのが素敵です。
山梨県に残る、古くから伝わる飾りで、七夕が終わったあとも、家を守るお守りになるという心強い七夕人形です。
七夕をひと月遅れで行うのは、星々が今の季節の方が美しいことももちろんあるけれど、日本各地を眺めていくと、七夕は七月十五日、あるいは八月十五日のお盆の一週間前になり、道具を水で洗ったり、髪を七回洗うなど、お墓を水で清めるなど、まさに、お盆にちなむ習わしがずらりと並んでいることから、お盆のしたくでもあったことがわかります。
笹飾りの短冊も、現在一般的には、星に願い事を託す習わしとなっていますが、着物や人の形を象るものを飾り、災いや邪気を祓いますように、あるいは、きれいな着物を手にすることができますように、など様々な祈りがあります。
つくりものは、手を動かすうちに気持は整い、おちついてきます。
こどもたちだけのものにしておくのはもったいないのです。
私自身の七夕といえば、幼い頃、短冊を飾るのは保育園や学校で、夕方になると提灯を手にして、こどもたちだけで家々をまわりお菓子と蝋燭をいただいたもので、やはり七夕はお盆のしたくにちなむものでした。
おぼろげな記憶をたどると、なんともいえない甘い空気が漂っていたのは、待宵草の夜の花の香りのせいだったかもしれません。
こちらでは今、カラスウリや白粉花が、夜に甘く香っています。
花網
笹飾りのひとつにおなじみの網があります。
今回は、撫子の花をあしらいました。
七夕人形の一つ、姉様人形に添える飾りの資料をモチーフにしたものです。
網は、福や幸せをつかむための縁起物。
全ての人にとって嬉しいことや福が訪れ広がりますように。
ネムノキと笹
ネムの木の花も初咲から時がたち、触ると綿のようなぽわぽわとした感触になってきました。
花の時季は長く、すっきりとしたシャープな若々しい花姿から、どっしりと構えるような趣きに。種も実りを迎えはじめています。
貫禄のあるそのネムの花と種を笹に結んで、川や海に睡魔を流したという習わしを元に二つあわせ榊立に入れました。
ネムの花は、枝をとり、日陰や家の中に入れると、ゆっくりと葉を閉じてしまいます。撮影するときは、なるべく触らないように、明るいところで花に待っていてもらいます。
まさに眠る花。
九州には、ネムの木で身体を撫でて、睡魔を祓うならわしもあったようですが、閉じた葉で撫でていたのでしょうか。
ネムの葉の線香
ネムの木の葉を乾燥させ、臼ですりつぶし、お盆などに使いました。
日々のお香にも重宝したようです。
まずは葉からはずし、乾燥させてみました。
お盆を象徴する禊萩(みそはぎ)の花びらを添えて。
九月 白露 秋分
三月の春分からひとめぐり。
太陽の大きな節目がやってきます。一気に秋本番へと進みます。
そろそろ身体を冷やさぬようにして、次の季節を迎えるしたくをします。
広田千悦子
文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
- 花毎TOP
- 暮 life
- 花月暦