花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第二話 「雨水のこと」

2018.02.19

life

円をえがくように毎年くりかえす季節や行事は目的を達成することばかり考えてしまう時間の使い方に疲れた時の薬です。

ものごとの節目や、境い目に立ちどまり、日々を重ねてほっとする。それが現代の暮らしに大きな力をもたらしてくれます。

行事ごとに、植物に触れ、自然の音に耳を澄まし、祈りのかたちをつくる。鳥の目のように俯瞰して眺めるなら、旧知の友人と久しぶりの再会のようにくりかえす季節のめぐりが太陽や月がもたらす星の贈り物だと気づきます。

ふだんの暮らしのなかに、星のはたらきを取り入れ、いのちのリズムの息づかいを感じ、寄り添ううちに自分らしさにつながる道がひらき、見えてくる。

季節を愛で、行事を楽しむ暮らしがもたらす大きな恵みのひとつです。

雨水のこと

ひらきはじめの春の勢いを整えていく季節です。
静かな雨がふりそそぎ、かたく閉じた土をほぐしていきます。
アスファルトに包まれた街では無理、とあきらめずに感覚をはたらかせれば、いつもとはあきらかに違う、あるいは街路樹の地面から立ちのぼる、土の気配を感じることでしょう。
早々と目覚めたものも、これからゆっくり目覚めるものも、静かな春雨にうながされて鎮まる。自分らしさを思い出しているように見えます。

ひと雨ごとに潤い、嬉しそうにしている植物たちを眺めていると、濡れる煩わしさに気持を取られ過ぎることもありません。
情報に翻弄され過ぎて疲れていた自分の頑さもやわらかく。
他のいのちと同じように私達もその力を受け取っています。

梅のこと

冬のなごりも少しずつ去っていくと、花の舞台は、梅の番へと移ります。
万葉集の時代の花見と言えば梅。
冬至の頃の斜光とはあきらかに異なる精気あふれるひかりの季節の中の花見でした。さらには、日本人が長い間、過ごしてきた従来のお正月の季節もこの頃。
2018年の元旦は2月16日となりますから、今のお正月とは全く趣きの違う季節の中でした。

新暦のお正月とまではいかなくとも、古の旧暦のお正月の趣きや、もしかすると遺伝子に眠っているかもしれない感覚を呼び覚ましたくて、我が家では毎年、旧正月の枝飾りもつくります。
今年、使ったのは梅の花と榧(かや)の枝。
榧はもみの木と似たかたちの、節分の柊鰯(ひいらぎいわし)やお正月飾りにも使われてきた植物です。葉は鋭く、触れると柊よりとても痛いから用心しなければなりません。魔を祓う力があると考えた人たちの気持がそれこそ手に取るように伝わってきますし、香りがとてもよい枝です。
紅白の餅花をつけて本麻で結んで。あらためて新年をはじめたいという人への邪気払いの贈り物にします。

にぎやかな春爛漫へと進んでいくために蓄えられた力がさらにふくらんで、新しい世界へと進んでいきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正