第二十話 「小雪のこと」
2018.11.22
暮life
冷たい雨が降り注いだあと、積もる落ち葉のそばにしゃがみこむと、ほのかに大地のにおいが立ち上ります。この頃になると、誰しもが日毎に冷たくなる空気に身体を慣らしていこうと、だれもが知らぬうちに頑張っています。
自然にぎゅっと身体をかたくしがちな時間も多くなりますから、暖かいお風呂に入り、ふわっとゆるみほぐすことが、大切な時間になります。小雪のはじまりに訪れる七十二候は「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」。
虹が見えなくなるほど、太陽の光りが弱まる頃、という意味のある、この候が語るように、晴れの日のお日様の力も儚げで、いっそう早くなる日暮れを心細く感じます。犬や猫たちが気持よさげに、ひだまりの中でまどろんでいるのを眺めつつ、寒くなればなるほど、彼らのように素直に自分も大事にしなくては、という思いが強くなったり、時に人恋しくなるのは、厳しい季節を迎える前に必要な、人間の冬じたくの一つなのかもしれません。北国では雪が降り、根雪の少し前。
世界が純白に染まっていくまでの境い目の時季となります。
山茶花
冬の花、といえば山茶花(さざんか)です。バラのような華やかさのあるこの花は、意外や、古くからある日本原産の花。
清楚な一重を初めとして、八重、千重、絞りなど花の形も変化に富んでいます。
童謡「たき火」の中に登場するように垣根、生け垣の花としてなじみ深いのは、立冬に続いてますます花の少なくなる中、道を照らすように咲いてくれるからでしょうか。
山茶花の花に近づいてみるととてもいい香りがします。
ずっと身近にある花なのに、この花が香ることを長い間知らずにおりました。
よい香りなのに、なぜ気づくことができずにいたのだろうと不思議に思っていましたら、人間の嗅覚は、気温が低くなると臭いが揮発しにくくなり、嗅覚に届く香りの分子も少なくなるのだとか。また、寒くなると身体の他の機能も緩慢になるのと同じように、嗅覚の感度も低くなり、さらには乾燥が強くなるにつれて、その傾向はますます強くなるそうです。
反対に、寒く乾燥した外から、暖かくて湿度のあるお部屋に入る時に、匂いに敏感になるのも五感の一つである嗅覚の性質に、関係があるということです。
こういうことを耳にしてからは、ある意味、意識して香りを知ろうとしなければ今の時季、知らない草花の香りがまだまだありそうな予感がしています。
まだ見知らぬ香りがあると思うと、心が踊ります。
寒さに震える冬だからこそ、自然の香りが持つ力を探して楽しみたいと思います。
柊の花
もうひとつ、冬の香りの良い花といえば、柊の花です。
来年の2月の節分に力をいただく呪力の花。
鬼を祓うほどの力を持つと考えられた柊の触るととっても痛い刺のある葉のインパクトに比べると、なんてささやかで、楚々とした可憐な花でしょう。
刺の合間に雪が降り注いだような小さな白い花です。
刺が刺さらぬよう、気をつけながら顔を近づけるとやっぱりとてもいい香りがします。
注目される時季だけでなく、一年のめぐりを通して草花を眺めていく。
それを通して生まれる喜びは、ものごとのさまざまな面を理解するための、心の幅の広がりと通じていくように思います。
ドウダンツツジのつぼみ
冬を越えていくための蕾が美しいのはドウダンツツジです。
蕾の色もなんともいい色をしています。
春になれば開く芽のきっちりと重なりあうさまが見事です。
ちなみに、ドウダンツツジとキーボードをたたくと、「満天星」と素敵な漢字があらわれます。満点の星のようにたくさんの花が開くことからつけられた名前でしょうけれど、たくさん枝分かれした先についているこの見事な蕾もまた、私には星のように見えます。
冬の色
今年は初冬に入っても暖かい日が続いたせいでしょうか、なかなかにごりの取れない時期外れの空になっていました。
ようやく、すっきりと大気が澄んで、遠く離れた場所からも富士山がきれいに見える日も出てきたようです。
色の寂しい季節の中で、鮮やかに心をあたためてくれるのが、夕暮れの空の色です。
これからますます見事な空色のグラデーションは光の色。
弱くなった太陽の力を別の形でいただく時季に入ります。
第二十一話「大雪」へ
一年の締めくくりが近づいてまいります。
どっしりと重みのある雲空に覆われる日々が増えるのと対照的に私達は賑やかなクリスマスや年末のための準備にとりかかります。
広田千悦子
文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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