第十四話 「処暑のこと」
2018.08.23
暮life
暑さが収まる、という節気です。
涼しくなったと喜んでいると、厳しい暑さがぶり返します。
そろそろ力を抜いて秋のきざしを楽しんでほっとゆるみたいという気持と、まだまだ気を許してはいけないな、というような気分と。
対照的な二つの気持が入り交じり揺れています。
そこへ思い出したように通り抜けていくのは秋の風。
処暑とはそんな季節です。
それでも、立秋の頃とくらべて明らかなのは、夜の訪れの早さと、虫の音の響きの深みです。そこにはこれからまだまだ長くなる夜の季節の予感があります。
秋を感じるには、もうすでに充分な時が流れました。
置いてきぼりになりすぎぬよう、かつ、あせらず自分のペースで。
さまざまなところに現れている秋のきざしを楽しみたい時です。
季節がここまでくると、真夏に疲れた身体をどう癒そうか、やってくる秋に疲れを持ち越さぬようにケアしなくては、と肌と髪の毛の乾燥や、だるさが気になり始めて、あれこれ思案し、試してみたくなるもの。
心身の変化はひとそれぞれですが、やっぱり草木花の力に叶うものはない、と教えてくれたのが今年はハマナスの実でした。
東北の方では、この朱色の実に糸を通して数珠をつくり、お盆のお供えものにするところがあります。ちなみに七月と八月のお盆もすでに終えて過ぎたところですが、旧暦のお盆はこれから。(今年は8月25日頃です。)
艶も色もよい実の中から、よりすぐり、ずっとあこがれていた、ハマナスの実のお数珠をつくってみました。鮮やかな朱色はトマトかと見間違えることもありますが、少し平べったいかたちをしているものもあります。ヘタを採り、同じようなかたちのものを選び、糸を通していきます。
数珠は人間の煩悩108つを割り切れる数にするのがよい、といういわれを考えて、18玉の数珠をこしらえました。
盆菓子とともに、今年三回目のお盆のしつらいとお供えに。
赤い色は、ほおずきを灯りと見立てたことを思わせます。
ハマナスは砂地の海岸によく生えるバラ科の花で、北海道生まれの私にとってはなじみ深く、田舎の海岸に車を走らせるとよく見えたハマナスの群生をおぼえています。昔はアイヌの人たちにとって大切な食用で、「マウニ」とよんでいたそうです。熟した実を生食したり、未熟なものは煮て食べたり。興味深いのはアイヌのこどもたちが、やはり数珠をつくり「マウタマサイ」と呼んだこと。どこかで交差した文化の道にもう少し思いをめぐらせたいと思っています。
北海道に住んでいた頃は、家族が庭に植えたハマナスが実をつけても食べたことはありませんでしたが、ピューレにしてサラダのソースにしたりジャムにすると、とても美味しいといいます。バラの実に目がない私はその話を聞いて、いてもたってもいられず、今年はローズヒップ(ハマナスの実)をたくさん取り寄せてみました。
下ごしらえすると、ちょっとちくちくすることがありますが美味しいピューレをいただけると思うとなんのその。
たくましい生命力を感じさせるぎっしりつまったたくさんの種と毛をとりのぞいたあと、5分ほど煮て、フードプロセッサーにかけたあと裏ごししてできあがりです。このあと、我が家では、ライムを絞り、黒糖をお好みで入れてとろとろに煮ました。それほど時間をかけずにできるのがいいところです。
一口舐めると、バラの実特有の香りがして、その美味しさに舞い上がりました。
試しに煮る前に少しかじってみたところ、生の状態では香りはそれほど強くなく、正直、できあがりに不安がありましたから、身体とこころに染み込むようなこの美味しさには打ちのめされました。
それに、人間の一手間で、こんなにも美味しいものになるとは。
お料理をしていて、これほど強烈に感じることは意外と少ないのではないかと思います。残暑でだるかった身体も、一口舐めるだけで、一気によみがえるような力がありました。
ハマナスの蕾はまい(王へんに攵)瑰と呼ばれ、その意味は「赤く美しい珠」。お茶にしていただいたり生薬として使われ、気やめぐりをよくする力があるという話を思い出しました。
眺めていて強い力を感じる時季の花は、なんといっても仙人草です。
暑い中で、旺盛に蔓の手をのばし、そろそろ純白の花が咲き始めました。
有毒なので摘むときに気をつけなければいけませんが、すっと、ただひと枝、花入れに入れるだけでも、見栄えよく美しい花です。
毎年、咲くのを心待ちにして、蔓の伸び具合を確かめています。
「仙人草」の名は、綿毛が仙人のひげのようだからついた名前だといいますが、私は友人がこの草をある方法で使い、のどの調子がよくなったのを知っていますので、もしかすると、仙人が使う薬のような意味合いもあったのではないかと密かに思っています。
これからしばらくのあいだ、のばした蔓は純白の花を咲かせて、緑の草草を明るく照らしてくれます。
さて、そろそろ空を見上げると、群れるトンボが元気よく飛んでいるのが目に入るようになりました。
日本ではトンボを亡くなった人に見立て、帰ってきた人、戻っていく人と見えないものとのつながりを感じていました。
今年も七月のお盆、八月のお盆がすぎて、旧暦のお盆と三回目のお盆が、これから過ぎようとしています。
トンボの飛ぶ空の下の野の原にも、秋らしい草草が見えてきました。
草草の間をぜひ歩いてみましょう。
空気感が変わるのを、足元で感じる季節になります。
広田千悦子
文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
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