花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第十七話 「寒露のこと」

2018.10.08

life

季節は深まり、鎮まる時を迎えています。

早朝、草むらを歩けば足元は濡れてひんやりとしていて、宵の虫の音は、知らぬうちにか細くなっています。
ためらうことなく進むこの時期の季節の歩みには、いつもながら戸惑いがあります。

それでも私達は、自然に抗うことなく、うつりゆく季節の流れに寄り添い生きるための力をはたらかせます。
冷たい飲み物をあたたかいものに変えて、身体が冷えてしまわぬように衣替えをして。
いつのまにかすっかり変わろうとしている新しい季節の扉を開け放つ前に、身支度、心支度していくための季節です。

そして、この頃になると、ねばり強く残っていた暑さも、涼やかな大気になじんではすーっと消えていきます。
秋の新芽が、生き生きとしているように、過ごしやすい陽気が、静かに湧き上がる思いを強くし、新しい気持の芽生えを支えてくれます。

厳しい暑さの夏の最中にあっても、誰しもが自分の内側に培われていたものがあるのだ、と気づくことができれば幸せ。
澄みきる秋空を仰ぎ、胸に息を吸い込み蓄えて、高く遠く広がっていく力を頂く時です。

菊のこと

10月13日からの七十二候は「菊の花開く」。
連なるように、今年は10月17日に「旧暦の重陽の節供」(菊の節供)がやってきます。
本来の重陽の日付は9月9日で、縁起のよい9の数字が重なる日だから、という意味合いもあるのですが、新暦のこの日はまだ残暑厳しい頃となり、菊を楽しむには少々早いのです。
私は、七夕と同じように、新暦と旧暦の二度の節供を楽しむことにしています。

もっとも菊の花も、桃の節供の桃のように様々に品種改良されて、特に菊の場合は、一年中楽しむことができます。
ただ、食べ物がそうであるように菊も、やはり従来の旬の季節のものが、香りや効能が一番、強くなるように思うのです。

若がえりやいのちに力を与える呪力のある花として古来、考えられてきた菊は、実際の効能としても、目の疲れに効く効能がある種類のものもあります。
スマホで目が疲れているときには菊茶をいただくのがおすすめです。

毎年、私がこの時期に作るのは菊の薬玉です。
さまざまな種類や色味のある菊を、丸く仕立て、飾り紐を結びます。
菊だけでなく、時にはその時季に咲いているミズヒキや、蓬の花などの野の花をあしらい難を転じる南天の葉や、神事などに用いられる榊、神聖な力を持つと考えられた常緑の椿など、菊の花を引き立てるような草木を添えていくときもあります。
どのような取り合わせにしようか、と仕立てるうちに肌を通して菊の花の香りや力が直に伝わってきます。

薬玉には、その時々の気持や、こころの内側がかたちにあらわれます。
自分と対話するうちに、たとえば喜びは昇華し、悲しみや憤りはほどけていく。
目にみえないものに気持を向ける時間になるのです。

おくやみごとに、菊の花が使われるようになったのはそんなに古いことではないようですが、これも、菊の不老長寿や邪気払いの力があるというところが元になっているのだという考え方もあります。
現在は、仏様の花としての印象の強い菊も、薬玉にすると趣きが変わり、清浄さ、香りの効能、高貴な本来の菊の姿が、まっすぐに見えてまいります。

食べる菊

身体に直接、菊の力を取り入れたいときは、食用菊がお楽しみ。
特に、紫色がうつくしい「もってのほか」系は、今時分だけいただくことができる菊ですから旬を逃さぬようにします。
さっと湯がいておひたしはもちろん、サラダに入れて彩りよく。
日本酒に入れて飲む菊酒も、紫色が楽しめるのは今だけです。
頂く前に、葉と一緒に籠にいれ、季節を愛でて、今だけの色を楽しみます。

金木犀のこと

10月を心待ちにしているのは、金木犀の花が咲くから。
あまりふだんは目立たない金木犀の木が、花を咲かせてはじめてあれは金木犀なのだ、と教えてくれます。
以前、台湾茶道にうかがった際にいただいた金木犀のシロップの美味しさが忘れられず、毎年、この時季はいただくことにしています。
花びらがたくさん手にはいったとき、一番簡単にできるお楽しみは、金木犀のリキュール。
さっと水洗いして水気をきり、ホワイトリカーにつけるだけです。
夏なら炭酸割り、これからの季節なら温かい紅茶に。
良い香りだけれど、慣れ親しみすぎて、この時季の当たり前となっていた金木犀の香りが、美味しさを知った日から、まったく別のものに、そして身近に感じるようになりました。

先日の強い台風と花期が重なって心配しましたが、すべて散ってしまったように見えた枝にまた今、新しい花が咲いています。
たくましい強い生命力も分けていただけそうです。

13夜の月

21日は十三夜です。
十五夜と両方の月を見ることで、縁起かつぎになるといわれています。
満月頃の丸いお月様だけでなく、月の満ちていくその途中の月を愛でようとした理由ははっきりとわからないところがありますが、はじまりは古く、10世紀頃には月見の宴が記されたものがあります。
豆名月の別名があったり、小麦の豊作を祝ったとか。
最も日本では、十三夜だけでなく、十九夜、二十三夜、二十六夜の月など、とにかくさまざまな月齢の月をまつ習わしがありました。
立ちどまり、ゆっくりと月が昇ってくるのを待ってみると、いかにせわしい心持ちでいるかに気づかされます。
ススキや秋の草木花の生き生きとした姿を楽しむことができる季節も残り少なくなってまいりました。
十三夜と一緒に、うつりゆく季節を心置きなく楽しんでおきたいと思います。

霜が降ると書く名を眺めるだけで、寒さがやってくるのだ、と身構えるものがあります。
立冬の前、ひなたぼっこが心地よく、おひさまのありがたみをあらためて感じる季節に入ります。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正