花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第一話 「立春のこと」

2018.02.04

life

季節の扉がひらく時です。
はるか遠い星からふりそそぐ、新しい光をたくさん受け取ります。
小鳥たちと一緒に、その白く眩しいひかりをあびるうちに感覚は目覚め、冬の間にたくわえた確かな力と重なり合い、調和へと向かう力がはたらきます。

桜の枝の蕾もたしかにむくむくと動きだし、目には見えないけれども、繊細な人はうごめくいのちの力を強く感じはじめます。

ゆっくりと息を吐き、光に満たされた空気を吸い込んで季節のはたらきに習い、あらためて歩いていくための力を受けとる季節です。

立春のこと

寒さとあたたかさがいったりきたりする季節です。
まるでその動きに合わせるかのように身体も心もゆらゆらと揺れて、体調が不安定になることもあります。
うっかりインフルエンザにかかってしまいそうになるのも同じ頃。
ところが、不思議なことに風邪をひいたおかげでやっと身体を休ませることができたり、どこかすっきりとデトックスできたということも少なくありません。
ちなみに風邪の効能は、まだ素直で小さなこどもたちを見ているとよくわかります。治癒した後、確かに成長し、ひと巡り大人になったようなすっきりとした麗しい表情をしています。

でも、ほんとうは日々の疲れをためすぎず、体調を崩すことなく、ゆとりをもって、波乗りのように季節を過ごしたいものです。
身体と心を揺らすうちに、ゆがみを自然に解き放つようなイメージで。
忙しい日々のなかでは、うっかり忘れてしまいがちな自分の軸をやわらかに定める、
そんな季節にするためにも、旬の植物の力を借りていきます。

椿のこと

椿は、まだ眠る樹々の暗闇を灯すように咲く花。漢字のなりたちを観ても「春の木」と書きます。
ひそかに私は夜明けの花、と呼んでいますが、古 (いにしえ)の人たちも常緑で生命力が強いことから特別な力があると考えていました。

毎年、かたい蕾がほどけていくのが待ち遠しくて、寒さがゆるむ日が見え隠れする頃から、椿の木を仰ぐ日々が続きます。
今年の開き始めは凍えるように寒い日が多かったせいか、目に入るのは、しもやけのように縮れた花びらばかり。
それでも立春を迎えて南風が吹き、春のはじまりを告げるおだやかな雨が降り、土が緩みはじめると、椿らしさが樹々に戻ってきました。
ぽとりと落ちる椿の音を聞いてみたいと佇みますが、なかなかその場にめぐりあうことが叶わず。早々と落ちた花が多かったので、いたみの少ないものを選び、椿の花びらのジャムをつくりました。
香りも少なく、えぐみがあると言う人もいるけれど、ふだん甘いものをあまりとらない私にとっては香りも甘みもほれぼれとするような仕上がり。
ルビーのように輝く色もすてき。大好きなローズヒップやハイビスカスに近い香りがします。

椿の花は、艶のある葉、枝姿も美しいものを選び、半紙や奉書に包み、ひと枝、部屋にしつらいます。
あるいは桐箱に苔を敷き、花をさしたり、器に入れて。
一輪、部屋に置くだけで場の空気は一変し、だれかが部屋の中にいるのかと振り向いてしまうような存在感があります。
新しいことをはじめたいときに、なかなか気分をきりかえられないときに。
凛とした花姿は力強く、ふたたび歩こうと思う気持を後押ししてくれます。
もろもろのことがらに夜明けを迎えたいとき、私はお供えをするような気持で椿をしつらいます。

白くまぶしい光が降り注ぐ中、まだ眠りについていた大地が目覚めていく番です。
乾いた空気に慣れ親しみ、すっかり忘れていた潤いが戻ってきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正