第五十二話 《アルチンボルトの四季》に見立てる
2026.10.01
贈gift

この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせ、新たな魅力を生み出す。それが夢の花屋です。
第五十二話は、16世紀イタリアの画家ジュゼッペ・アルチンボルドの代表作《四季》に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先で花束の仕上がりを待つような、わくわくした気持ちでお楽しみください。

《アルチンボルドの四季》とは
花や果実、野菜、木の枝。ひとつひとつを見ると精緻に描かれた自然の姿なのに、少し離れて眺めると、そこに人の顔が浮かび上がる。
そんな不思議な作品で知られるのが、16世紀イタリアの画家ジュゼッペ・アルチンボルドです。
アルチンボルドはハプスブルク家の宮廷画家として活躍し、代表作《四季》では春・夏・秋・冬を象徴する花や果実、樹木などを組み合わせ、人の横顔を描き出しました。《春》は花々、《夏》は野菜や果実、《秋》は葡萄や林檎などの実り、《冬》は樹木や枝で構成され、それぞれの季節がひとりの人物として表現されています。
一見すると奇抜な発想から生まれた「だまし絵」のようにも見えます。しかしその背景には、自然界を観察し、集め、分類して理解しようとする16世紀ヨーロッパの知的好奇心がありました。絵の中に登場する植物や果実が驚くほど具体的なのも、その時代の空気を反映しています。
また、「多くのものを集めて別の姿をつくる」という発想は、江戸時代の浮世絵師・歌川国芳の寄せ絵にも見られます。異なる時代や地域においても、人々はこうした不思議な視覚表現に魅了されてきたのでしょう。
近づけば花や果実。離れれば人の顔。
アルチンボルドの《四季》が今なお人々を惹きつけるのは、自然を細やかに観察する眼と、それらをまったく別の姿へと組み替える豊かな想像力が、一枚の絵の中で共存しているからなのです。
※ルーヴル美術館に収蔵されている作品画像は、以下よりご覧いただけます。
・ジュゼッペ・アルチンボルド『秋』
・ジュゼッペ・アルチンボルド『夏』
新井光史が花で見立てた《アルチンボルドの四季・秋》

「見立てのモチーフについて話している中で、アルチンボルドの作品が面白いのでは、ということになり、この作品が生まれました。
細密に描かれた絵画をそのまま写し取ってしまっては、見立ての意味が薄れると思い、自分なりの解釈で2つのアレンジメントを作りました」

「こちらは『四季』の四作の中から『秋』をイメージしたものです。
アルチンボルドの作品では、葡萄や南瓜、じゃがいもといったモチーフを組み合わせ、全体が鈍い色合いで描かれていますが、私は鮮やかな秋の色合いの素材を選んでいます。
本来のテーマとは無関係なのですが、作っているうちに親しみが出てきたので、勝手ながら『フェルナンド三世』という名前を付けてしまいました」

「たくさんの素材を使っていますので、順を追って説明します。
髪の毛の部分は鈴バラ、姫リンゴ、アマランサスといった赤い実ものを中心に。横の部分には黄色のマムやケイトウに加え、クスやホウ、ファーガスの葉を使って葉色のグラデーションが楽しめるように工夫しました。
象徴的な鼻は「おもちゃかぼちゃ」と呼ばれる鑑賞用の南瓜です。眉は穂もののパープルファウンテングラス、目は多肉植物のエケベリアと観賞用トウガラシのコニカルブラックを使っています」

「顔の下部ですが、頬は黄色のパプリカや、マリーゴールド。小鼻は、ナスの一種のフォックスフェイス。唇はホウズキ、髭は唐ゴマやパニカム、パープルファウンテングラスなどの穂もので構成しました」

「こちらが全体の姿です。コンクリートの土台に固定したワイヤーの上にアレンジメントを作っています。
アルチンボルドの作品は横顔だけですが、このアレンジメントは実際の人の頭のように作りましたので、見る位置によって雰囲気ががらりと変わるのも、この作品の面白さです」
新井光史が花で見立てた《アルチンボルドの四季・夏》

「もう一つが、アルチンボルドの『四季』の『夏』に見立てた作品です。
ヨーロッパと日本の季節感の違いを面白みとして捉えました」

「絵画の中ではベリー系の果物、桃、トウモロコシや麦などを組み合わせて、顔が形づくられていますが、私は瑞々しいグリーンの素材で構成しました」

「頭の部分は、ゴーヤの葉と実、フウセントウワタ、カラスウリ、アナベルなど。眉は小さなきゅうり、目はピーマンとエケベリアを使っています」

「鼻はおもちゃかぼちゃ、小鼻はひょうたんです。唇はピーマン、顎の髭に見立てたのは、おもちゃメロンとも呼ばれるさまざまな形のククミスを配しています」

「こちらの作品には『ビンセント皇太子』という名前を付けました。
なぜか顔を形作ると名前を付けたくなってしまいます。素材も通常のアレンジメントとは違った視点で見ることができて、ひとつひとつの形や色から思いがけないイメージが広がり、素材の新たな魅力を発見できたように思います」

アルチンボルドの《四季》に見立てた夏と秋の2作品はいかがでしたでしょうか。
さまざまな物事に見立ててきた夢の花屋ですが、「顔」に見立てた作品は今回が初めての試みでした。
花や果実、野菜、葉。それぞれは独立した美しさを持ちながら、組み合わせることでまったく別の姿が立ち現れる。そこには、アルチンボルドが描いた《四季》にも通じる驚きと遊び心があります。
新井は、16世紀の名画をそのまま再現するのではなく、花と植物ならではの色彩や質感を生かしながら、新たな人物像へと作り上げました。
近づけば、ひとつひとつの素材の個性が見え、離れればひとりの人物が浮かび上がる。その不思議な魅力は、花や植物が持つ多彩な表情を改めて教えてくれます。
見慣れた花や果実も、見方を変えれば思いがけない姿になる。
そんな「見立て」の面白さを感じながら、ぜひもう一度、夏と秋の表情を眺めてみてください。
《夢の花屋》でご紹介している新井光史が名画に見立てた作品
第五十話 歌川国芳の《相馬の古内裏》に見立てる
第四十八話 《歌川広重の雨》に見立てる
第四十六話 《花の静物画》に見立てる
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第五十三話予告
次回は志村紀子が登場します11月1日(土)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai
神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。 2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。2025年3月に行われたFlower Art Award2025でも川口太聞(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得した。 コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。 著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。
Text・Photo 第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子
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