夢の花屋

週末、自分のために花を飾りましょう。
花を手軽に楽しむコツを第一園芸のフローリストがご紹介します。

第五十話 歌川国芳の《相馬の古内裏》に見立てる

2026.08.01

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて、新たな魅力を引き出す――それが夢の花屋です。
第五十話は歌川国芳が描いた《相馬の古内裏》に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先で花束の仕上がりを待つような、わくわくした気持ちでお楽しみください。

歌川国芳《相馬の古内裏》東京富士美術館蔵 「東京富士美術館収蔵品データベース」収録

《歌川国芳の相馬の古内裏》とは

「夢の花屋」第50話で取り上げるのは、浮世絵の中でもひときわ異彩を放つ一枚、《相馬の古内裏》です。美しい風景や花鳥ではなく、「恐怖」という目に見えない感情を描いた作品として、現在も国内外で高い人気を集めています。

この作品を手がけた歌川国芳(1797〜1861)は、江戸時代後期を代表する浮世絵師の一人です。初代歌川豊国に師事し、武者絵で名声を得た後、美人画や風景画、戯画、動物画、妖怪画まで幅広いジャンルで活躍しました。

人物が画面から飛び出してくるかのような躍動感、物語性に富んだ大胆な構図、そして思わず笑みがこぼれるユーモアあふれる発想は、国芳ならではの魅力でしょう。その自由な着想と迫力ある画面づくりは当時としては極めて斬新で、現代のビジュアル表現にも通じる先進性を備えていたといわれています。

《相馬の古内裏》は、平安時代の伝説をもとにした読本『善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)』の一場面を描いた錦絵です。平将門の娘・滝夜叉姫は、父の死後、荒れ果てた相馬の古御所に住み、妖術を身につけます。そこへ朝廷から派遣された、源頼信の家臣・大宅太郎光圀が討伐に訪れると、滝夜叉姫は妖術によって巨大な骸骨を呼び出し、光圀へ襲いかからせました。国芳が描いたのは、まさに物語が最高潮を迎えるその瞬間です。画面いっぱいに現れる巨大な骸骨は、現在では「がしゃどくろ」を象徴するイメージのひとつとして広く知られています。

また、この作品の見どころは巨大な骸骨だけではありません。人物を小さく描くことで骸骨の圧倒的な存在感を際立たせる一方、障子の破れや吹き込む風、深い闇の表現によって、空間そのものが恐怖に満たされていくような緊張感を演出しています。現実には存在しない世界でありながら不思議な説得力を感じさせるのは、国芳の卓越した構成力と描写力によるものといえるでしょう。

国芳が生み出した大胆な構図や躍動感あふれる表現、豊かな物語性は、弟子の月岡芳年をはじめ、明治以降の浮世絵や日本画へと受け継がれていきました。さらにその発想は、日本の漫画やアニメ、ゲームなど現代のポップカルチャーにも通じるものとして、国内外であらためて注目を集めています。《相馬の古内裏》は、その創造性を象徴する代表作の一つ。170年以上を経た今なお、多くのクリエイターの想像力を刺激し続けています。


新井光史が花で見立てた《歌川国芳の相馬の古内裏》

「今回は、夢の花屋でぜひチャレンジしてみたいと思っていた作品のひとつが、《相馬の古内裏》でした。
怪談ともいえる話がモチーフになっている作品なので、真夏のこのタイミングを待って挑みました」

「この絵は、骸骨が御簾(みす)を引き裂き、画面を左上から左下へと分割することで、鮮やかな色づかいの部分と、色を抑えた部分が見事に分かれています。
この見立てでも、斜めに流れる線を『スチールグラス』に置き換えて、鮮やかな色の『モカラ』や大小の『マム』などを挿した部分と、色を抑え、個性的なフォルムの植物で構成した部分を作りました。
特に左側部分はピンクの着物をまとった滝夜叉姫が描かれていることを意識して、華やかに仕上げています」

「色を抑えた部分は際立って個性的な植物で構成しています。食虫植物の『ウツボカズラ(ネペンテス)』『ハスの実』、いつか使えると思ってドライにしておいた植物の数々など、摩訶不思議な形を持つ植物を選び抜いて使いました」

「もっとも苦労したのは、頭蓋骨の部分です。散々考えた末に、粘土で手づくりしました。
絵の中では大きく描かれていますが、ここでは花が主役なので控えめなサイズにしています。
目のくぼみには『ルリタマアザミ』、口元には『アジサイ』、耳のあたりには『トラディスカンティア』を添え、ささやかな遊び心を忍ばせています」

「絵の中で最も大きく描かれている骸骨の胸部にあたる部分は、『チランジア ドゥラティ』とドライにした『枝垂れツユクサ(カリシア フラグランス)』を使いました。
自然が作り出した造形ですが、おどろおどろしくうねる姿が骸骨の雰囲気と重なってこの物語らしさが表現できたように思います」


《もうひとつの相馬の古内裏》

今回はもう一作、《相馬の古内裏》の続編ともいえるアレンジメントも制作されました。前作とはうって変わって、緑を基調とした表現です。

「《相馬の古内裏》は『善知安方忠義伝』の一場面ですが、制作を進める中でこの物語が未完であることを知りました。
そこで、この物語が完結するとしたら……という思いから、もうひとつアレンジメントを作りたくなったのです」

「こちらのアレンジメントでは、やがてすべてが自然へ還っていくような表現を目指しました。
前作で存在感を放っていた骸骨を、こちらでは背景に溶け込むような黒にして、苔の上に置きました。そして生命力旺盛な『ハゴロモジャスミン』の蔓が絡まり、植物と同化していく様子をイメージしています」

「選んだ植物も、それぞれにストーリーがあるものです。
袋状の形をしているのは食虫植物の『ウツボカズラ』、先端が枯れ始めた『トクサ』、そして古代から花を咲かせ続けてきた『蓮』の実を使い、人知を超えた姿や生命力を宿した植物たちに、この世界観の表現を託しました」

「アレンジメントの足元には、“苞”の色が鮮やかな色から緑へと移ろう『アジサイ』や、紀元前から人と関わりがあるとされる『クルクマ』、そして人の手によって改良が重ねられてきた『マム』などを入れています。
もし自分がこの物語の続きを描くとしたら、芭蕉が詠んだ『夏草や兵どもが夢の跡』のような景色にたどり着くと思うのです」


奇想の画家と称された歌川国芳。その数ある作品の中でも、ひときわ大胆な発想で描かれたのが《相馬の古内裏》です。本作では、一作目で国芳が題材とした『善知安方忠義伝』の世界を描き、もう一作ではその先に続く物語を花で表現しました。

骸骨が主役ともいえるこの浮世絵は、江戸時代末期の人々の好奇心をくすぐる存在であったことでしょう。そして約170年の時を経た今、その物語は花という表現を通して、新たな物語へとつながりました。国芳が描いた奇想の世界は、新井光史の手によってもうひとつの物語を得て、時代を超えて私たちの想像力を刺激し続けています。

使用花材(《歌川国芳の相馬の古内裏》)
スチールグラス、モカラ、マム、ウツボカズラ、ハス(実・ドライ)、チランジア ドゥラティ、枝垂れツユクサ(カリシア フラグランス)、ルリタマアザミ、アジサイ、トラディスカンティア、キセログラフィカ、ウスネオイデス(スパニッシュモス)、クレマチス、トクサ、ルビーファウンテングラス、カラジウム、ペンステモン(実)、オンシジウム、ヒューケラ、ジニア、ユウギリソウ、ワレモコウ、キフスイカズラ(ゴールデンハニーサックル)、エスキナンサス マルモラタス、センニチコボウ(千日小坊/アルテルナンテラ)、黒法師(アエオニウム)、黒ほおずき(ニカンドラ)、ビカクシダ(ドライ)、唐ゴマ(ドライ)、クルクマ

使用花材(《もうひとつの相馬の古内裏》)
ハゴロモジャスミン、ウツボカズラ、ハス(実)、トクサ、アジサイ、マム、クルクマ、キイチゴ(ベビーハンズ)、苔、グリーンスケール、オクラレウカ


《夢の花屋》でご紹介している新井光史が名画に見立てた作品
第四十六話 《花の静物画》に見立てる
第四十四話 《長谷川等伯の松林図屏風》に見立てる
第四十三話 《洛中洛外図》に見立てる


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第五十一話予告
次回は志村紀子が登場します9月1日(火)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。 2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。2025年3月に行われたFlower Art Award2025でも川口太聞(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得した。 コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。 著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。

Text・Photo 第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子