花の旅人

各地のガーデンや知る人ぞ知る花の名所で
思いがけない花との出会いを楽しむ、花の旅のガイド。

〈秋のバラ編〉第一話 都会の秘密の花園 「横浜イングリッシュガーデン」

2019.12.04

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秋はバラの季節です。春のバラとはひと味もふた味も違った雰囲気になる秋のバラを探しに、横浜のガーデンを訪ねました。

今回お話を伺ったのは、NHKの趣味の園芸などでもおなじみ、バラ育種家の河合伸志(かわいたかし)さん。ご自身がスーパーバイザーを務める、横浜イングリッシュガーデンをご案内いただきました。

ご自身が育種されたバラ「禅」の前で。

私たちが訪ねたのは2017年11月初旬。例年であれば横浜イングリッシュガーデンのバラのピークは10月下旬ですが、この年の夏は涼しい日が続き、バラの開花が例年より2週間遅れて、この時季に見ごろを迎えていました。

「今年の花は過去に無いくらいきれいです。気温が低いので、色が鮮やかですし、花が大きいですね。台風が2回来ましたが、対策したこともあって、奇跡的にいい状態で花が咲いています。」

インタビューの数日前も台風が関東に上陸。バラの見ごろを待っていた時だったので、この台風で花がダメになってしまうかと思いきや、横浜イングリッシュガーデンでは、全てのバラに支柱を立てた後にギュッと縛って雨風から守り、台風が過ぎた後には潮風による塩害避けるため、(バラを)水洗いするといった手間をかけて花を守られたとのこと。
とにかく事前の準備が大切、そしてそれが被害を最小限に抑える秘訣、と河合さんは言います。

河合さんがこちらのガーデンのスーパーバイザーとして入られたのが2012年。リニューアル前のこちらのガーデンは、現在とは様子がかなり異なったようです。

「最初に私がきたときは土壌改良がされていなくて、更にこの土地に合った植物が選ばれていませんでした。そんな状態でしたので、まずは高木以外のほとんどの植物を撤去して更地にした後に、堆肥を漉き込んで土づくりをして、もう一回戻すといった作業をしました。その時にはこの土地に合う植物を選び直し、再デザインしたんです。」

春バラと秋バラの違い

春と秋ではガーデンの雰囲気はまったく異なります。その違いは何なのでしょう。

「花の数でいったら春は圧倒的なんですよ。一気に温度が高くなっていきますから、一挙にワーッと賑やかに咲いて、終わって、祭が過ぎ去るような感覚です。
秋は輪数は少ないですけど、じっくりじっくり温度が下がりながら開花する、味わい深い花が多いんですよ。色は鮮やかで、花は大輪、カップは深みがあって……並べてみると、同じ品種には見えないくらい違います。一輪だけ見ると、秋の方が全然きれいですね。でもこの秋バラというのは非常に技術が高くないと出来ないんですよ。
現在のバラの多くは四季咲きに改良されていて、温室にいる時は一年中咲いているんです。夏も咲いています。ただ、日本の夏は非常に温度が高いので、花が小さくなってしまって、色も薄いし、花弁の枚数も減って、今一つ見ごたえがしないんです。やはり美しい花を咲かせるのは春と秋ですね。」

河合さんに一番好きなバラは?と尋ねたら、一番は決めかねるけれど、今はこの「パルファン ダムール」かな、と。河合さん育種のその名の通り、とても香り高いバラです。

では春と秋、どちらのバラがお好きですか?とちょっと意地悪な質問をしてみました。

「秋ですね。春のガーデンは僕が疲れちゃいますね。普段ガーデンに来ない方が春に来ると、ここぞとばかりに咲いているので、すごく喜んでいただけるんですけど、毎日居るともういいや、という感じに(笑)
だから秋の方がじっくり見て周れて”あっこんなところにきれいに咲いてる!”っていうのを見つけた時がすごくうれしいんです。」

「バラって栽培が難しいイメージがあると思いますが、これが何故かと言えば、日本の気温のせいなんですね。高温多湿で雨が多いと黒星病が出やすくなって、これにかかると葉がなくなり、光合成ができなくて生育しなくなってしまいます。だから秋バラには梅雨と秋雨の2回を無事に通り越さないと辿りつかないんです。」

マンションのベランダなどのあまり条件が良くない場所で育てるのであれば、写真の「ボレロ」などが河合さんのおすすめ。風で転がらない程度に背が低くて、香りが良く、うどん粉病になりにくい品種。

「ローズ&グラスガーデン」
アプリコット~茶系のバラをメインに、オーナメンタルグラスなどを合わせた、アンティークな印象のガーデン。

育種家へのきっかけ

河合さんは育種家として、多くの品種を作り出していらっしゃいます。中でも紫系と茶系のバラが多いように思い、バラの色について伺ってみました。

「僕はどちらかというと渋い色が好きで、最も好きなバラの色が茶色と紫なんです。
高校生の時、通学路の花屋の前を通った時に「ブラックティー」という茶色のバラがぱっと目に飛び込んできて、引き返して買って帰ったんです。親にはなんでこんな枯れた花を買ってきたの?って言われましたが(笑)
僕には珍しいというより、きれいで。子どもの頃からそういう物に響く何かがあったんでしょうね。そういうバラをどんどん作ってみたい、という気持ちがあって……
それが行き過ぎたのかどうかわからないのですが、ここには茶系のバラばかり集めた場所がありまして(笑)」

今までに育種された品種は60~70種にもなるといいますが、ご自身の中でこれはいつまでも残してもいいだろう、というものは少ないとか。

第4回ぎふ国際ローズコンテストで銅賞を受賞した、河合さん育種のミニバラ「チャーリーブラウン」。ほんのりとスパイス系の香りがする、ブラウン系の色合いがとてもおしゃれなバラ。河合さんが気に入られている品種のひとつです。

色へのこだわり

「ローズ&ペレニアルガーデン」
白バラを中心に白色の宿根草、白斑入りの植物を組み合わせたガーデン。

横浜イングリッシュガーデンでは、花が色ごとに分けられて植えられています。
これには河合さんならではのこだわりが。

「色々なデザインの仕方はありますが、私は色を多く混ぜるよりはメインカラーと補色といった色合いで作るのが一番美しく見えると思っています。
このガーデンの中には1800を超える品種があって、普通この狭い敷地に1800品種もあったら、色を混ぜてごちゃごちゃにしてしまいそうですが、ある程度、色を揃えることでスッキリ見えるし、たとえば白だと、同じ白でも薄いピンクやグリーンやブルーの色を感じられたり、そういった微妙な色合いのグラデーションがすごく心地いいんですね。
バラを好きになってしまうと、手当り次第に買ってくる方が多くて、結局ごちゃごちゃになって悩まれるんです。そんな時は色分けすることを覚えておくと、見え方が変わってくると思います。」

「これは『ベルベティ トワイライト』といって吉谷桂子さん(園芸研究家、ガーデンデザイナー)に名前を付けていただいた花です。僕は吉谷さんの庭がすごく好きで、あの色の使い方とか……吉谷さんは植物の美しさを理解した上で庭づくりをされていて、このバラの色を見たときに吉谷さんの色だなと思って。」

引き立てあう植物

「バラは四季咲きといえども、1番花が5月に咲くと、間が空いて2番花が付きますから、バラが休んでいる間に、長く咲いている宿根草を入れてあげると、合間を埋めてくれて寂しくならないんです。私は花のシーズンに地面が見えるのが嫌なので、(地面は)植物でカバーされていて、ちょっと園路にはみ出るぐらいが心地いいなと思って。だから地面が見えているところがあると気になるんです(笑)」

とはいえ、多種多様な植物を一同に育てる際にはバランスのとり方が難しいもの。そんな時のコツを伺いました。

「何より植物の様子を見ながら、お手入れを適切にすることが大事で、同じものをずっと植えていると、威勢がいい植物が他の植物を伸してしまうので、切り戻しをしたり、広がりすぎたら引き抜いたりと、様々な植物がバランス良く共存できるようにします。
慣れない方は元気に育っているものを切ったり、抜いたりすることが酷いことをしているように思われるのですが、そうではなくて、共存していくために必要だということなんです。」

桜とバラ

大山桜と小彼岸を交配し、イギリスで育成された桜「アーコレード」。イギリスでは春のみ咲く一季咲きとされていますが、環境による違いか、日本では春と秋に開花する珍しい桜です。ガーデンにはこういったユニークな花木を見つける楽しみもあります。

「メインの品目として位置づけているのはもちろんバラですけれども、その他にもクレマチス、あじさい、桜、クリスマスローズの5品目は力を入れています。
実は桜がすごく好きで。バラに疲れたら桜だろうと思っているぐらいです(笑)バラは女王様に仕えるような気持でいないといけない植物なんですが、桜は逆で見守ってもらっている感覚がありますね。特に手入れをしなくても、時季がくれば花を咲かせて”春がきたよ”って言われているような気がして。
バラも特別な花だと思いますが、憧れの存在みたいな感覚で、非日常なんですよね。」

香りのこと

こちらは河合さん育種の「禅」はティー系といわれる、紅茶のような香りがするバラ。
横浜イングリッシュガーデンでは人と花の間に殆ど柵が無いので、花に顔を近づけて香りをゆっくりと楽しむことができます。

「香りがあるということが僕は重要だと思っています。ラベンダーとかクチナシとか色々ありますが、クオリティと強さの両方を兼ね備えているのはバラしかないですね。更にバリエーションが豊富ですし。バラに勝る植物はないでしょう。
バラを見ると条件反射的に香りを嗅ぎたくて顔を近づけるものじゃないですか。香りがない花かもしれないけど”あぁいい香り”って……なのに、人とバラとの距離を離すように柵で近づけないようにしているところが結構多くて。それが嫌なので、ここは柵をできるだけ無くしています。香りへの期待を裏切りたくないなって。」

バラは朝、開きかけが香りが強く、更に雨が降った後で湿度があるとより香るそう。満開の花は香りが飛んでしまっているとか。

「ニューウェーブ」(別名:フォルム)
名育種家・寺西菊雄さん作出のバラ。香りがとても良く、ウェーブがかった上品な紫色の花を咲かせる、河合さんお気に入りの品種。

資生堂の化粧品「ばら園」シリーズの香りの元となった「芳醇」。現代バラの中でも最も香りが優れたもののひとつと言われています。

テーマのあるガーデン

バラのシーズンだけオープンする「ときめきガーデン」。
ときめく縁結びのガーデンになればという願いが込められた、結婚式場の隣に位置する、赤いバラのガーデンです。
入口には「ときめき」という品種を、出口には「ラスティング・ラブ」といった、名前と赤色にこだわった様々なバラが集められています。

「ラスティングラブ」。高級感のある、オールドローズ系の香りがする大輪の赤バラ。

バラへの思い

「フェアリーウィングス」
河合さんのデビュー作で、当時は育種で使える場所が狭く、苦心の中から生み出されたミニバラ。

河合さんはガーデンの中で毎日発見があるといいます。

「バラって花もいいんですけど、トゲもきれいなんです。これを光に透かしてみると造形美というか…ハッとしますね。その瞬間の出会いがうれしいんですよね。
僕はガンっと上を向いて大きな花を咲かせるバラより、線(茎)が細くて、葉が大き過ぎなくて、少し控えめに咲くようなのが好きなんです。でもこういった華奢な花を良しとするのは日本人だけなんですよ。」

バラには国際的に共通化された3文字のコードネームがあり、河合さん個人のコードは「ZEN」。河合さんが育種し、発表されたバラにはZEN~の名前が付けられます。
ZEN=禅
ひとことでは言い表せない、繊細な色と形を持つバラ。それが河合さんが作り出すバラです。

横浜イングリッシュガーデンはそんな繊細な思いを形にした場所。
1800種、2000株以上のバラや植物が春夏秋冬の中で見せる変化を、河合さんならではの感性で美しく表現されています。
特に秋は育種家の思いがより伝わる花が咲く時季。ゆっくりと歩きながら、一輪ごとの表情と、香りを感じて楽しむ……
都会に現れた秘密の花園のようなこのガーデンへ出かけてみませんか。


横浜イングリッシュガーデンはバラの世界機関、2018年6月28日~7月4日に行われた第18回世界バラ会連合会議(World Rose Convention)にて「世界バラ会連合優秀庭園賞 (Award of Garden Excellence)」を受賞しました。

次回はバラの名門、京成バラ園を訪ねます。