茨城・立体桜図鑑「結城農場・桜見本園」前編
2025.03.14
旅travel
茨城県結城市にある、『日本花の会 結城農場』の桜見本園に咲く桜を前後編にわたってご紹介します。
前編では「枝垂桜」「珍しく貴重な桜」「ユニークな花色の桜」「香りのある桜」を、後編では「古くから親しまれてきた桜」と「新しい桜」についてご紹介いたします。
ぜひ、前後編あわせてご覧ください。
日本花の会 結城農場とは
日本花の会 結城農場はおよそ83,000平米の敷地に、桜の苗木を栽培する畑と見本園がある他に類をみない、桜の保護育成施設です。
桜見本園では日本各地や海外から収集した約400品種、1,000本の桜を保存し育成。品種の豊富さは日本有数で、希少な品種も数多く含まれています。
これらの桜は系統ごとに植栽されて、品種の特性を調査。桜の保護育成に関する研究や情報提供と共に貴重な遺伝資源の保存に役立てられています。
さらに、結城農場は桜の見本園のみならず「桜の名所づくり」を支援する『公益財団法人日本花の会』のミッションとして、全国に配布する優良品種の苗木を年間約2万本生産しています。
近年、染井吉野は、伝染性の「サクラ類てんぐ巣病」に罹りやすいことがわかり、染井吉野に換わる病害虫に罹りにくく、鑑賞性が高い品種の普及啓発に努めています。
ここで栽培された苗は日本各地に配布され、桜のある風景を未来につなぐ役割を担っています。この活動により、1962年の創立以来、国内外に250万本を超える桜の苗木が供給されています。
桜の苗木の畑
桜見本園では多彩な桜が3月上旬から5月上旬、8月下旬から12月下旬の合計6か月以上にわたって咲き続けますが、今回はそうした桜の中から、例年よりやや遅れて4月中旬*に開花していた桜をご紹介いたします。
さまざまな色の桜が一直線に植えられているのが、10品種の桜が一斉に開花する「十色桜の並木」。
ピンクの濃淡の桜に加え、緑がかったものなど、さまざまな品種の桜が並木になった、結城農場を代表する場所です。
*花毎が取材に伺った2024年春の桜は、2023年の10月から12月にかけて気温がかなり高かったことや、開花前後に寒の戻りがあったため、桜の開花が例年より遅い開花となりました。
農場内では高木のサトザクラがたくさん植えられた場所も。見上げると桜の花が空を覆ってしまうほど。
左手の淡いピンクの桜は「一葉(いちよう)」、右手の濃いピンクの桜は「関山(かんざん)」で、それぞれ八重咲の大輪品種です。
一葉も関山は明治から昭和初期にかけて桜の名所であった、東京都足立区江北一帯(荒川堤)で栽培され、各地に広がりました。
枝垂桜
どの花も美しいのが桜ですが、とりわけ雅やかな桜が「枝垂桜」です。栽培の歴史は古く、平安時代から存在していたと考えられています。
桜見本園には20種以上の枝垂桜があり、その中から4月に美しく咲いていた、珍しい品種をご紹介します。
「八重紅枝垂(やえべにしだれ)」
紅色で中輪、八重咲の桜です。
結城農場にある八重紅枝垂は2個体があり、こちらの写真は京都の桜守・佐野藤右衛門氏により導入された個体です。八重紅枝垂には花色が紅色のタイプ(佐野系と同じ)と淡紅色タイプ(こちらの画像)が各地にありますが、この個体が枝変わり変異*であるかは判明していないとのこと。
□開花期4月中旬
*枝変わり:生長点の突然変異などによって、株のある枝だけに関して、新芽や葉、果実などがその個体のもっている遺伝子とは違う形質を生じる現象
「雨情枝垂(うじょうしだれ)」
淡紅色で中輪、八重咲の桜です。
栃木県にある野口雨情の邸宅に植えられていたことから、雨情を記念して名付けられました。八重紅枝垂によく似ていますが、雨情枝垂は平開して咲く花が特徴です。
□開花期4月中旬
珍しく貴重な桜
500種とも600種ともいわれる桜ですが、その中には限られた場所にしかない桜が存在しています。ここではそうした中でも特に珍しい桜をご紹介します。
「兼六園菊桜(けんろくえんきくざくら)」
淡紅色で大輪、菊咲・段咲*がある桜です。
その名の通り、金沢の兼六園に伝わる栽培品種です、菊桜の名は花弁数が100枚以上あるものを菊咲きと呼ばれることに由来しています。菊咲きの桜は20品種以上があるとされていますが、中でも兼六園菊桜は花弁が250枚から400枚近くになります。
□開花期4月下旬
*段咲:八重の花が二段に重なって咲く
「鵯桜(ひよどりざくら)」
濃紅色で大輪、菊咲・段咲がある桜です。
菊咲品種の中で、最も花弁が多く500枚以上になることもある品種です。葉や小花の柄などに毛が多いことからカスミザクラ系と推定されています。
□開花期4月下旬
「永源寺(えいげんじ)」
白色で大輪、八重咲の桜です。
滋賀県東近江市の永源寺境内に原木があったことからこの名が付けられました。房桜という品種によく似ており、同じ品種とする説もあります。花は香りがあり、開花が進むと淡紅色から白色に変化します。
□開花期4月中旬
ユニークな花色の桜
桜=淡いピンクのイメージがありますが、実は白、微淡紅、淡紅、紅、濃紅、紫紅、黄緑、緑(日本花の会による分類)といった、たくさんの花色が存在しています。
新しい品種のようにも思われますが、意外にも江戸中期から記録の残る品種もあり、古くから親しまれてきました。
ユニークな花色の桜の多くは荒川堤(東京都足立区江北一帯)から広まったものも多く、現在でも荒川土手では「あだち五色桜の散歩みち」として、さまざまな色の桜が植栽された4.4kmにおよぶ桜並木があります。
「八重紫桜(やえむらさきざくら)」
紫紅色で大輪、八重咲の桜です。
一重咲は「紫桜」と呼ばれ、江戸後期の記録が残る、古くからの品種です。後に、植物学者の三好学氏(1862-1939)が小石川植物園でこの紫桜の種子をまいたところ、八重咲の花が咲いたため、八重紫桜と名付けられたといわれています。
□開花期4月中旬
「鬱金(うこん)」
黄緑色で大輪、八重咲の桜です。
江戸中期から記録の残る古くからの品種です。こちらも荒川堤で栽培され、各地に広まりました。
淡い黄~黄緑色の花色をしていることから「黄桜」「黄金桜」とも呼ばれることも。鬱金とは、花色がサプリメントなどで馴染みのあるショウガ科のウコンで染めた布の色に似ていることから、名付けられました。
より黄緑色を帯びた「御衣黄(ぎょいこう)」も近縁種です。
□開花期4月中旬
「御衣黄(ぎょいこう)」
黄緑色で大輪、八重咲の桜です。
江戸中期から栽培されていたとされる、歴史の古い桜のひとつです。御衣黄の名は、貴人の着用していた衣の色に見立てたと考えられています。
DNA解析により、前出の「鬱金」とは枝変わり関係にあることがわかっており、御衣黄には小輪で緑色の花が咲く個体と中輪で薄黄緑色の花が咲く個体があり、今後の調査が必要といわれています。※2020年4月撮影
□開花期4月下旬
「須磨浦普賢象(すまうらふげんぞう)」
黄緑色で大輪、八重咲の桜です。
普賢象は室町時代から記録の残る、古くからの品種です。もともとは淡い紅色をした八重咲の桜ですが、こちらの須磨浦普賢象は花色が黄緑色した枝変わりです。名前の由来はこの桜が発見された神戸市須磨浦公園にと元の品種名に由来しています。
□開花期4月下旬
香りのある桜
桜の香りはイメージ上のものとして捉えられる場合もありますが、花に芳香がある品種が存在しています。
結城農場の桜見本園ではおよそ11種の桜が植栽されており、その中から3種をご紹介します。
「千里香(せんりこう)」
白色で大輪、一重または八重咲の桜です。
荒川堤から広まった品種です。香りがとてもよいことからこの名が付けられたと考えられています。同じく香りのある桜「有明(ありあけ)」に似た品種です。
ちなみに、「萬里香(ばんりこう)」という桜も見本園に植栽されていますが、芳香はやや少ない桜です。
□開花期4月中旬
「天賜香(てんしこう)」
白色で中輪、八重咲の桜です。
兵庫県芦屋市北東の東六甲山系の里山で極楽地太一氏が発見したヤマザクラ系の八重咲品種です。花色が純白色で香りが非常に良いことから、天から賜った香り桜として、名付けられました。※2020年4月撮影
□開花期4月上旬
ご紹介した桜について
●参考文献(花色、花の大きさ、花形):公益財団法人日本花の会「桜図鑑」
https://www.hananokai.or.jp/sakura-zukan/
●その他参考文献
造幣局 https://www.mint.go.jp/enjoy/mawarimichi/hana_a_new.html
東京 桜100花 松本路子著 大場秀章監修 淡交社刊
サクラハンドブック 大原隆明著 文一総合出版
●全ての開花期や花色は目安です。天候などによって変化します。(掲載内容の開花期は東京を基準としています)
●花色、花の大きさ、花形は日本花の会「桜図鑑」の記載によるものです。
●八重桜の特性は 第七十七話 清明の花絵「八重桜」でも詳しくご紹介しています。
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