二十四節気の花絵

イラストレーターの水上多摩江さんが描いた季節の花に合わせた、
二十四節気のお話と花毎だけの花言葉。

第九十一話 清明の花絵「フリージア」

2022.04.05

life


2022年4月5日から二十四節気は「清明(せいめい)」に

清明とは万物が清らかに、生き生きとした気がみなぎるころを表した節気です。
季節は晩春に入り、夏の手前へと向かって行きます。
かつて清明のはじまりといえば、東京周辺のオオシマザクラやソメイヨシノといった桜が満開を迎える時でしたが、年々桜の開花が早まり、最近は葉桜の時季へと変わってしまったようです。
ともあれ、花の開花を促すのは水分が必要不可欠であり、清明の前後は『催花雨(さいかう)』=花を咲かせる雨、という美しい名の雨が降る時です。
この催花雨が菜花雨と言い換えられ、転じて菜種梅雨(なたねづゆ)になったという説も。他にも同じ意味を持つ雨の名に「養花雨(ようかう)」「育花雨(いくかう」という名もあり、古のひとの自然への洞察と情緒が偲ばれます。

花まつり
毎年4月8日は「花まつり」や「灌仏会(かんぶつえ)」と呼ばれる、お釈迦様の誕生を祝う日。お釈迦様が誕生した時、天から舞い降りた龍が頭上に甘露を灌いだという故事に由来して、誕生の姿を現した誕生仏(たんじょうぶつ)に甘茶をそそぎかける仏教行事が行われます。
この時、誕生仏が安置されるのが「花御堂(はなみどう)」で、小さな御堂をたくさんの花で飾ることから「花まつり」の名でも呼ばれるようになりました。花で飾るのはお釈迦様が生まれたルンビニの花園を模したとも、仏が歩く道に花をまく散華(さんげ)にちなんでいるなど、諸説あるようです。
また、誕生仏にそそぎかける甘茶はヤマアジサイの変種であり、ガクアジサイによく似た「アマチャ」の葉を煎じたものです。一般的にアジサイには毒性があるため食用になりませんが、甘味があるアマチャの葉はお茶や甘味料として親しまれてきました。
人と植物の深いつながりを感じる、春の行事のひとつです。


「フリージア」

□出回り時期:11月~4月
□香り:あり
□学名:Freesia refracta
□分類:アヤメ科フリージア属
□和名:香雪蘭(こうせつらん)、浅黄水仙(あさぎすいせん)
□英名:Freesia
□原産地:南アフリカ

フリージアの歴史
フリージアは19世紀に活躍した植物学者のエクロン(C・F・Ecklon)が南アフリカで発見し、ヨーロッパに伝わりました。1883年にはイギリスの種苗カタログに珍しい花として発表され、その後各地に広まったとされています。
日本には江戸末期から明治時代ごろに渡来し、大正時代に入ってから八丈島で栽培が開始。その後、高度経済成長期と時を同じくして八丈島はフリージアの一大産地となり、島を上げて栽培が盛んに行われました。
現在は茨城県が全国のフリージア生産量の約半数を占め、最大の産地となっています。

フリージアの名所
フリージアまつりが例年行われるほど、観光地として長い歴史を誇るのが八丈島です。世界的に見ても観光名所としてのフリージア畑はとても珍しく、3月中旬から4月初旬にかけてが見頃です。


花毎の花言葉・フリージア「春の約束」

歴史の浅い花ということもあって古典的な花言葉は残っていませんが、現在使われている「希望」「親愛の情」「無邪気」などの花言葉は、発見場所とされる南アフリカの喜望峰の地名や花の名前が付けられた経緯、または香りに由来して付けられたようです。

さて、花にはそれぞれの魅力がありますが、香りという点において、フリージアはヒトを虜にする香りを放つ花です。本来、花の香りは生存競争の一環であり、たまたまヒトが心地よく感じる香りであったというだけのこと。
ただ、ヒトがその他の生物と異なるのは、花の姿や色、香りに抒情を見出すところです。

昭和のころには多くの家庭で春になると飾られていたフリージアは、花の種類が増えた現在では少し目立たない存在です。しかし、そのころ子ども時代を過ごした人にとって、フリージアは特にその香りが普段の暮らしの中にあった、ちょっとした記憶を思い出させてくれるような花ではないでしょうか。

また次の春がやってくる、当たり前でありながらも細やかな喜びをもたらしてくれるのが、記憶の片隅に残っているフリージアであるように感じるのです。

 

文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子

水上多摩江

イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など