第二十五話「風神雷神図屏風に見立てる」
2024.07.01
贈gift
この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せるのが夢の花屋です。
第二十五話は「風神雷神図」に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
風神雷神図屏風とは
風神雷神(ふうじんらいじん)とは、自然崇拝の象徴として古くからアジア全域で表現を変えながら崇拝の対象とされてきた存在です。
日本での風神と雷神は、災いをもたらす鬼として恐れられていましたが、やがて天候を司る農耕の神として信仰を集め、仏像や絵画としてもさまざまに表現されています。
数ある風神雷神の作品の中でも最も有名なものが、俵屋宗達が描いたとされる屏風画(1617年頃-1637年頃*)です。
琳派の祖とされるのが宗達ですが、宗達を私淑した尾形光琳(1711年頃)、光琳を私淑した酒井抱一(1821年頃)、そしてその弟子の鈴木其一( 1831年頃 – 1844年頃)と繋がる琳派の画家たちも、宗達筆とされる作品をモチーフにそれぞれの風神雷神図*を描きました。
そして、今回の見立てのために新井が選んだのが宗達の風神雷神図屏風です。
宗達の風神雷神図は左隻(させき)の風神の太鼓が見切れ、足元の雲が軽やかに広がっています。一方、宗達の作品をほぼトレースしたとされる光琳の風神雷神図では、太鼓が画面の中に納まり、黒く立ち込める暗雲に乗っているように表現されています。
新井は宗達の風神雷神図をていねいにひもとき、宗達ならではの表現を花に置き換えて、再構築しました。
*宗達の制作年度は諸説あります
**何れも風神雷神図の制作年度
新井光史が花で見立てた、風神雷神図屏風
「いままでの夢の花屋で、光琳の燕子花図、抱一の夏秋草図、其一の朝顔図と琳派の作品に見立ててきて、満を持して総本山の風神雷神図屏風に取り組みました」
この見立てを制作するのは初夏でなければなかったと新井はいいます。
「たらし込みで描かれた雲を表現するのは『スモークツリー』しかないと思いました。きれいなスモークツリーが手に入るのは初夏の一時だけなので、この時期を狙っていたのです」
左隻、雷神。
雷神を表現した左隻です。
「白い芍薬『白妙』を雷神に見立て、描かれてはいませんが雷の象徴として、稲妻を『カラタチ』で表しました。もちろん雲はスモークツリーです。雷と雨はセットだと思い、『グリーンネックレス』と『青ぶどう』を添えてみました」
左隻のディティール
ディティールを見て行くと、さまざまな植物が使われていることがわかります。
「雲の影の部分は『ライスフラワー』や『ブラックベリー』で表しました。影ひとつとっても、植物でさまざまな表現ができることが発見でしたね」
スモークツリーの中にはこれも稲妻をイメージした「エアプランツ」が。金箔の背景とリンクするような、『斑入りのバンダ』も見え隠れしています。
「風になびくリボンの部分は『サラセニア』を。太鼓は末枯れた『蓮の実』で見立てました。絵の中にあるものとはサイズの比率が違いますが、いろいろな部分を植物で置き換えてみました」
「鋭いトゲを持つ『カラタチ』をドライにして、金色に塗装しています。奥にある茶色い物体は『コウモリラン(ビカクシダ)』をドライにした後、樹脂でコーティングしたもの。筋骨隆々な雷神の手足のイメージです」
右隻、風神。
風神を表現した右隻です。
「宗達は風神のからだを緑で表現していたので、自分は赤で見立てました。花材は風神と対になるようにしていますが、大きく違うところは風神が起こす風を『フトイ』で表現しています」
右隻のディティール
「スモークツリーには赤色のタイプもあって、絶対に使いたいと思いました。そして風神を表しているのが赤い芍薬の『レッドチャーム』です。雷神には青ぶどうを使ったので、風神には『サンキライ』の赤い実を添えています」
こちらには赤いサラセニアが。これも雷神と対になっています。
風車の別名があるクレマチス。とても多くの品種があるクレマチスの中で、新井が選んだのは『キーウ』という品種です。
「グロテスクともとれる、斑入りのバンダを風神にも加えました。雷神でもバンダを使っていますが、色が違うバンダを使い分けて、対を成すようにしています」
さらにもうひとつ。「風神雷神図屏風に見立てたブーケ」
見立ての舞台裏
今回はもうひとつ、風神雷神図屏風に見立てたブーケもつくることに。
先ほどのアレンジメントには登場していない「クルクマ」「シモツケ」「カラー」「ユリ」「半夏生」などの白とグリーンの花が並べられました。
ブーケのはじまりはスモークツリーから。新井が手にしているふわふわした白い小花は「ライスフラワー」です。
白やグリーンの花でつくられた束に、赤い花々を加えていきます。
みるみるうちにブーケが大きくなり、ほぼ完成の状態に。
完成、風神雷神図屏風に見立てたブーケ
風神雷神がひとつのブーケに。アレンジメントとはまた違った華やかさに仕上がりました。
白い雲のようなシモツケの花と、幾重にも花弁が重なった赤い芍薬がひときわ印象的です。
*
風神雷神図屏風に見立てたアレンジメントはいかがでしたでしょうか。
今回は特に力作で、金属製の花器も背景の金地も新井の手作りです。いつもとは異なり、時間を掛けた繊細な作業のため、事前に完成したものを撮影しました。
この見立てを制作するにあたって、新井は宗達に関する本を読み込んで、アイデアを考えたといいます。
先にもお伝えした通り、宗達は生没年もその生涯もはっきりしていない、謎の絵師です。そして、この風神雷神図屏風の制作年度も50歳ごろ、または70歳ごろなど所説あり、しかもこの作品に至っては落款も押されていない謎多き名画なのです。
およそ400年前に描かれ、宗達を私淑する絵師が自分なりの解釈で描き続けた風神雷神。
新井もまた、宗達に私淑するひとりなのかもしれません。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第二十六話予告
次回は志村紀子が登場します。8月1日(木)午前7時に開店予定です。
新井光史 Koji Arai
神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。
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