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〈北海道ガーデン街道 vol.1〉第六話 1000年先の未来へつなぐ庭 「十勝千年の森」【後編】

2018.08.25

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メドウガーデンで作業に没頭する新谷さん。メンテナンスの手が休むことはありません。

幸せな仕事

花毎スタッフI:

新谷さんのいままでのご経歴などを伺えますか。

新谷さん:

私は南九州大学でランドスケープとガーデンデザインを学びましたが、庭園管理に興味を持って方向転換をして、スウェーデンで2年間修業しました。その頃から公開型の庭園のガーデナーを目指し始め、そのためにはいろいろな経験を積む必要があると感じていました。
スウェーデンでの修業中に、まずは土の下のことをわからなければならないと強く思ったことと、日本の基本的な造園技術を経験しなければならないと思ったこともあって、帰国後すぐに福井県の造園会社で働きはじめました。

その次の課題として、苗の作り方を学ぶため、長野にあるナーセリーにお世話になりました。ナーサリーの現場でどのように苗が作られるのか、勉強させてもらいました。
ナチュラリスティック・プランティングは、スウェーデンでの修業時代から強く関心を持って勉強していた分野でした。
帰国してからさまざまな経験を積みながら、そういった庭づくりに取り組んでいて、自然の豊かなところ、森があるところを求めていました。でもなかなか見つからず……ずっと探し続けて2008年にようやく縁あって十勝千年の森と出会いました。以来、この森で庭づくりをしています。

4年ほどかかって探し続けてこの森にたどり着きましたが、これからも短期間で習得していかなければいけない課題が自分の中でまたまだあります。
公開型の庭園のガーデナーはどんな庭でも育てていかなければならないですし、園芸や造園の中のひとつの分野の専門家になるというよりは、全てをきちんと網羅していかなければいけなりません。
農業のこともわからなければいけないし、例えば庭でバラを育てるのであれば、その専門家とも仕事することになりますし、森林の管理もありますね。勉強し続けても終わらない仕事です。

花毎スタッフI:

こういった公開型の庭園というのは北海道以外で展開するのは難しいのでしょうか。

新谷さん:

他にも庭づくりが盛んな地域はたくさんあると思います。北海道はネットワークが作りやすい土壌があって、生粋の道産子である人たちから移住してきた人たちまで一緒になって、点ではなく面でガーデンツーリズムを提案できるところが面白いですよね。

いま庭の業界のあり方や園芸への興味の対象が変わってきているのをすごく感じます。
庭づくりは多様化して、昔のイングリッシュガーデンブームのようなひとつの国のスタイルを真似るのではなく、自分の暮らしにあわせて庭で何がしたいか、明確な目標を持つ人が増えているように感じます。だから十勝千年の森に来ても、キッチンガーデンにすごく興味を持つ方もいれば、森の育て方やメドウガーデンのようなナチュラリスティック・プランティングに興味を持つ方もいたり、注目する部分がさまざまです。

さらには、ここ数年で台湾や韓国からの来園者が増えていて、自分たちの国の新しい庭園文化を築くために、視察に来る人たちも多くなっています。
例えば韓国は国有林をたくさんもっていて植生も豊かなので、森を生かして新しい庭園文化を作ろうとするプロジェクトがあったり、大学などの教育機関と一緒に公園の開発に取り組んでいたり。
台湾からは、民間の牧場や庭園のオーナーが日本の現代庭園を熱心に勉強していて、自分の庭園をより良くするための相談の依頼を受けることもあります。
気候は違いますが、十勝千年の森の庭づくりのスタイルに関心を抱かれることがあります。
メドウガーデンのようなナチュラリスティック・プランティングスタイルは、「国境のない庭づくり」とも言えるもので、その土地ならではの庭づくりが実現できるので、今後もますます広がっていくかもしれません。

花毎スタッフI:

日本国内で他に好きな庭や興味を持っていらっしゃる庭はありますか。

新谷さん:

たくさんの庭がある中で、私は「無鄰菴」がすごく好きです。京都にある山縣有朋の別邸を七代小川治兵衛が作った名庭として知られていますが、いつ訪れても自然を熟知した人が作った庭だと感じます。
学生の頃から何度も通っていますが、年々見え方が変わってきて面白い庭だな、と思います。無鄰菴は狭い空間を広く感じるような仕掛けがあったり、と細やかな庭づくりの配慮に感動するし、純粋に面白いです。

花毎スタッフI:

京都の植栽は町中でも面白いですよね。

新谷さん:

本当に!町の中にあっても自分たちの自然、風土や歴史を守ろうとする心くばりを感じます。
京都の庭で訪れてみたいのは、大徳寺孤篷庵(だいとくじこほうあん)。小堀遠州が故郷の近江の海をイメージして作庭した風景に興味があります。

剪定を兼ねてカットした森の柳やシラカバの枝をアレンジメントに。 豊富にある森の天然素材を使い、庭で活かして植物を循環させています。

花毎スタッフI:

お庭にも流行り廃りがありますね。

新谷さん:

そうですね。ただ、庭のスタイルが多様化しているので、十勝千年の森のような庭が好きという方と、日本でも人気のイギリスのコテージガーデンのような世界観を求める方とはっきり分かれるように感じますね。

花毎スタッフI:

こちらのお庭のようなナチュラルな植物を使うと、人によっては雑草と言われてしまうことがありますが。

新谷さん:

ススキ野原に風情を見出したり、日本人は野の自然の趣を理解する文化のはずなんですけどね。改めて庭園文化を築き、伝えていくことの責任は重大だと感じますね。

花毎スタッフI:

イングリッシュガーデンブームが去って次の波が来るように感じるのですが。

新谷さん:

これからはどこか特定の国のものではない、人の暮らしや身の回りの自然に目を向けると良いと思います。どこかのスタイルの踏襲をするだけでなく、個人個人の幸せを生む空間や風景をつくる庭づくりになればいいと思います。
土地が変われば育つ植物も変わる。植物の世界は広くて、奥深いから視野を広げて、もっと植物のさまざまな個性を楽しめるようになるといいですよね。新しい庭のブームはそういう文化になっていくといいです。

花毎スタッフI:

新谷さんがこのガーデン作りで苦労されたことってなんでしょうか。

新谷さん:

やはり年間を通して、自然環境が厳しいことがあるので、それとどのように折り合っていくかということですね。2016年に台風による大きな被害を受けましたが、そうした自然の影響とも向き合って、何があっても庭の風景を育てていくのだと思っています。厳しいことはたくさんありますが、自分の思い通りにならないことが庭づくりの面白さでもあると思っています。
他にも苦労することとして、新しい植物を導入する時に、入手できるまで何年もかかったりすることもありますし、発芽から初めての開花まで何年も待ち続けることもあります。

花毎スタッフI:

一番の喜びはなんですか。

新谷さん:

私は十勝千年の森を訪れる人のために庭を作っています。
訪れる人に少しでも、植物っていいなと思ってもらえたり、庭って幸せな場所だな、と感じてもらえることが喜びです。
たとえば庭という場所にこれまで興味がなかった人が100人いたとすれば、その中でたった一人でも十勝千年の森がきっかけとなって、庭や植物や自然に目を向けてくれたらいいな、と。だれかの心に留まってくれればとても嬉しい。
ガーデナーって、本当に良い仕事ですよね。庭をつくるとか、植物の世話をするって、本当に幸せな仕事だと思って。
それをほんの少しでも誰かと分かち合えればうれしいですよね。

森の中を抜けると、一面、不思議な形をした緑の丘と、それに連なる山の稜線が表れる……
北海道ガーデンの中で「十勝千年の森」は異彩を放つ庭です。
そして、お話を伺った新谷さんの印象は力強くて知的な人。聞けば聞くほど、ガーデナーとしての志の高さに圧倒されっぱなしのひとときでした。
インタビューの終盤、植物を職業にしたことへの気持をさらりと仰った時、私が忘れかけていた気持がよみがえり、鼻の奥がツンと。
今度は秋色に変化した「十勝千年の森」に、そして新谷さんに、もう一度会いたいなぁ。

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十勝千年の森

北海道清水町羽帯南10線
http://www.tmf.jp
冬季休業期間があります。営業時間、入館料などの詳細につきましては十勝千年の森のWEBサイトをご覧ください。