夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第二話 「一目千本桜に見立てる」

2022.03.11

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第二話は一目で千本にも見えるという「一目千本桜(ひとめせんぼんざくら)」の光景に見立てたアレンジメントです。
手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

一目千本桜とは

一目千本桜とは、一目見ただけで千本にも見えるほど、桜が咲いている様子を表した言葉です。
代表的な場所は奈良・吉野山で、特に桜の集まる場所が下千本、中千本、上千本、奥千本と呼ばれており、吉野山の入り口である下千本から順に上へ向かって開花が進んでいきます。
その数、白山桜(しろやまざくら)を中心に約200種・3万本。
これらの桜は平安時代の頃から金峯山寺(きんぷせんじ)の本尊である蔵王権現への祈願として植えられるようになり、その後も神木として代々大切に守られてきました。

吉野山以外にも日本各地に千本桜と呼ばれる桜の名所があり、滋賀県の「鮎河の千本桜」、群馬県の「赤城南面千本桜」、宮城県の「白石川堤一目千本桜」などが特に有名です。


見立ての舞台裏

新井が描いた、今回の作品のデッサンが制作現場に貼られていました。

〈一目千本桜に見立てる〉という今回のテーマを新井はどのように考え、表現したのでしょうか。

「実は、一目千本桜というものを見たことがないのです。想像だけで作る、というのも考えましたが、自分が思う千本桜を表現しようと思いました」

WEB検索でいくらでも画像が表示される時代ですが、自分の眼を信じる新井の姿勢はトップデザイナーならではの矜持ともとれます。

今回、新井が選んだのは「河津桜」。
大島桜と寒緋桜の自然交配から生まれた、はっきりとわかるピンク色が特徴の
早咲きの桜です。
撮影日にあわせて、八分咲きのもっとも美しい状態に開花調整されていました。
2メートル近くある大きな枝の中から、イメージにあった枝を切り分けていきます。

前回のシェラー・マース然り、新井の制作現場も無駄な物が一切なく、整えられた状態で制作が始まりました。

モスグリーンの吸水スポンジがフラットな状態に敷き詰められていないことにお気づきでしょうか。これは仕上りに合わせ、あえてこのような段差を付けているとのこと。ここに花を丁寧に挿していきます。

新井がとても気に入ったという桜の一枝。自然に枝垂れた枝がこの作品の主役になりそうです。

桜以外にもこの季節に咲く、さまざまな花が用意されていました。
次いで挿しているのは菜の花と撫子(なでしこ)。桜の足元には、手が入る内に黒い砂が足元隠しのために敷かれました。

先ほどの枝垂れた桜が入りました。

ビバーナム、ビオラ、フリージア、ラクスパー…新井の手には変わり咲のラナンキュラスが。

季節をつなぐ、クリスマスローズを片隅に。

アレンジメントの仕上げに水をスプレー。この瞬間がいちばん楽しそうです。


完成、一目千本桜に見立てたアレンジメント

一目千本桜に見立てたアレンジメントの完成です。

さまざまな花が一斉に光の方向に向かって咲く、春の一瞬の時を止めたような、景色が生まれました。

「今回イメージしたのは、小学校の入学式の日の校庭に咲いていた桜です。その時は確か桜だけじゃなく、いろんな花が咲いていたような記憶があります。母親と一緒に歩くのが照れくさくて、ひとりでスタスタ歩いていたんですが、振り返ってみたら、わぁーっと桜が咲いていて、その時のその桜は当時の自分には無数の桜に見えたんです。
だから一目千本って、桜に限ったことではなくて、その人なりの風景なんじゃないかなと思って、こんなデザインにしてみました」

「このアレンジメントはぜひ上からのぞき込んで見ていただきたいです。桜の足元にこの季節ならではの、いろいろな花が咲き乱れる…そんな光景を再現しました」

足元を彩るのは、ヒヤシンス、ミニアイリス、マトリカリア、ミモザ。

別の角度から見てみると、レースフラワー、ビバーナム、フリージア、ラクスパー、ラナンキュラスといった軽やかな色合いの花々が競演しています。

「このクリスマスローズの後ろ姿がかわいくて、この位置に挿しました。私は仕入れた花の中で曲がっていたり、色が変わっていたりするものが好きで、いつもそんな表情のある花を探しているんです」

今回の花材 :河津桜、ビバーナム、レースフラワー、ミモザ、ビオラ、ヒヤシンス、クリスマスローズ、ミニアイリス、ラクスパー、菜の花、山吹、撫子、ポピー、ラナンキュラス、フリージア、マトリカリア(写真は花材の一部です)

撮影の当日、作業現場の一角が華やかなピンクの桜や色とりどりの草花で埋め尽くされていました。それだけで春爛漫、美しい光景なのですが、一目千本桜といえば何種類かの桜では…と、一抹の不安がよぎります。
率直に新井に伝えると、入学式の桜の景色を生けようと思う、と。
こちらの思惑とますます離れていく言葉にテーマ変更も考えましたが、花が仕上がっていく中で、その考えが違っていたことに気付きました。

一目千本桜とは、そこに千本の桜があるというより、花を見た人の感動なのだと。

このアレンジメントには16種類の春の花々が使われていますが、どれも数本、もしくは1種1本しか使われていません。

新井は花を生ける時、小さなオーディションを繰り返します。
一見同じような花の中からキラリと輝く一本を選び抜く。そんな花の集大成が新井のつくる花なのだと思いました。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第三話はシェラー・マースが担当する夢の花屋。4月11日(月)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。